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2026/07/09

ステークホルダー主義とブランディング——「三方よし」を現代の「志」へアップデートし、世界に示す

コラム

「ステークホルダー主義」という言葉は広く知られるようになったものの、ESGやガバナンスの文脈で語られるばかりで、自社の経営にどう活かせばよいのか掴みきれない。そう感じている経営者やご担当者の方も多いのではないでしょうか。

本記事では、ステークホルダー主義をブランディングの観点から捉え直します。私たちがお伝えしたいのは、ひとつの明確なスタンスです。それは、欧米流の「制度とKPI」を追うアプローチをそのまま模倣するのではなく、日本企業がもともと持つ「三方よし」の誠実なカルチャーを、現代の「志」へとアップデートし、ブランディングで世界に発信していくこと。これこそが、これからの時代に日本企業が示すべき経営のあり方だと、私たちは考えています。

この記事でわかること

  • ステークホルダー主義とは何か、株主第一主義との違い
  • ステークホルダー主義が世界の経営トレンドになった背景(BRT宣言・ダボス会議)
  • 欧米流の「制度とKPI」だけではステークホルダー主義が形骸化してしまう理由
  • 日本企業の「三方よし」を現代の「志」へアップデートするという発想
  • ブランディングで日本流のステークホルダー主義を実装する進め方と事例

ステークホルダー主義とは?

ステークホルダー主義とは、企業が株主だけでなく、従業員・顧客・取引先・地域社会・環境など、事業に関わるすべての利害関係者(ステークホルダー)の利益を尊重しながら経営を行う考え方のことです。

対になる概念が「株主第一主義」です。これは、企業の目的を株主価値の最大化に置く考え方を指し、20世紀後半の経営において主流とされてきました。

両者の違いは、企業が「誰のために存在するのか」という問いへの答えにあります。株主第一主義が株主への利益還元を最優先とするのに対し、ステークホルダー主義は、企業を多様な関係者との関係性の中に位置づけ、その全体の幸福を視野に入れて経営します。

なぜ今、ステークホルダー主義が世界の経営トレンドになったのか

ステークホルダー主義が一気に広まった起点は、欧米にあります。

ひとつは、2019年8月にアメリカの主要企業の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)」が発表した宣言です。アメリカを代表する181名のCEOが署名し、企業の目的を「株主の利益」だけでなく、顧客・従業員・取引先・地域社会といったすべてのステークホルダーへの価値創造に置くことを公式に表明しました。長く続いた株主第一主義からの転換を、アメリカ経済界が自ら宣言した出来事です。

そして翌2020年1月、世界経済フォーラム(ダボス会議)が「ステークホルダー資本主義」を主要テーマに掲げたことで、この概念は世界的な経営トレンドとして一気に定着しました。

こうした転換の背景には、経営環境そのものの変化があります。変化の激しさを表す「VUCA」という言葉が浸透して久しく、近年ではさらに、気候変動・地政学リスク・経済不安などが連鎖して増幅する「ポリクライシス(複合危機)」や、脆く非線形で見通しの利かない状況を指す「BANI」といった捉え方も広がっています。製品・サービスのコモディティ化によって機能や品質だけでは差別化が難しくなり、企業そのものへの共感や信頼が選ばれる基準になりました。さらに、顧客・従業員・求職者・投資家・取引先・地域社会と、企業を取り巻く関係者が多様化し、全方位への一貫した姿勢が求められるようになっています。

ここで見落としてはならないのは、ステークホルダー主義と前後して広まった「ESG」もまた、欧米を起点に生まれ、日本へ“輸入”されてきた枠組みだという点です。ESGは環境・社会・ガバナンスの観点から、主に投資家が企業を評価するための指標であり、その評価基準やルールは欧米の機関投資家・行政が主導して形づくってきました。ステークホルダー主義もESGも、もとをたどれば欧米のルール形成から始まり、グローバルスタンダードとして各国に広がってきた——つまり、いずれも「舶来の枠組み」なのです。

念のため整理すると、ESGが「企業を測るための観点」だとすれば、ステークホルダー主義は「誰のために経営するのか」という企業のあり方そのものを定義する根本姿勢です。位置づけは異なりますが、どちらも欧米から輸入された概念だという点では共通しています。この「輸入」という性質こそが、次に述べる限界と深く関わってきます。

欧米流「ルール形成」の限界——二項対立と制度の形骸化

ここに、私たちが重要だと考える論点があります。

欧米を起点とするステークホルダー主義やESGの議論は、その性質上、「二項対立をいかに制度でコントロールするか」というアプローチになりがちです。株主か、ステークホルダーか。環境か、利益か。自社か、社会か。こうした対立構造を前提に置き、KPIや開示基準で管理しようとする発想です。そして、こうした輸入された枠組みは、生まれた土壌の文脈ごと持ち込まれるわけではありません。評価基準やルールという「形」だけが先に入ってくるため、本来そこにあったはずの精神が抜け落ちやすいのです。

そう思われがちですが、私たちは、この対立を前提としたアプローチには限界があると考えます。
対立構造を前提とした仕組みは、ともすれば「チェックリストを埋めるだけ」の形骸化を生みやすいものです。指標の達成そのものが目的化し、本来そこにあるべき意志が抜け落ちてしまう。制度やKPIは、行動を縛ることはできても、多様なステークホルダーの心を本質的に一つの方向へ向かわせることはできません。

ステークホルダー主義が、開示資料の上だけで完結する「やらされ仕事」になってしまう。これが、制度を起点に据えたアプローチの落とし穴です。

脱二項対立による日本流アプローチ:
「三方よし」を現代の「志」へアップデートする

では、この二項対立から脱却する鍵はどこにあるのか。私たちは、わざわざ欧米から輸入しなくても、その答えは日本企業がもともと足元に持っているカルチャーの中にあると考えます。

それが「三方よし」です。

近江商人の経営哲学として知られる三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)は、社会と企業を対立させません。自社の利益と社会のあり方を地続きのものとして捉え、「全体の調和」の中に自社を位置づける、きわめて包括的なアプローチです。

ここに、欧米流との決定的な違いがあります。欧米流が「株主か、社会か」という二項対立から出発し、その対立を制度で調整しようとするのに対し、三方よしは初めから「売り手も、買い手も、世間も」という調和を前提に置いています。対立をルールで縛るのではなく、調和を当たり前の出発点とする。日本企業は、この発想をはるか以前から経営の血肉としてきました。

自社の利益と社会のあり方を地続きで捉える、この日本企業の誠実さやカルチャーは、分断が進むこれからの世界において、新しいグローバルスタンダードとして、より一層の注目を集めると私たちは考えています。いわば、欧米がいま制度として組み立て、各国へ輸出しようとしている価値観を、日本企業はもとから文化として備えていた——そう捉えることもできるのです。

ただし、「三方よし」を古い道徳として唱えるだけでは、現代の経営は動きません。重要なのは、それを現代の「志(ありたい姿)」へとアップデートし、社内外へ強く発信し、社会の共感を獲得していくことです。そしてその発信を担うのが、ブランディングにほかなりません。

なぜブランディングなのか——ガバナンスではなく、共感の問題である

多様な関係者を同じ方向へ向かわせるために必要なのは、ガバナンスによる「管理」ではなく、共感の核となる「志」を描き、発信することです。私たちは、それを担うのがブランディングだと考えます。

ここでいうブランディングは、広告やロゴづくりのことではありません。私たちはブランディングを、「全ステークホルダーがありたい姿や志を共有し、事業や組織の枠を超えて、全社が一丸となって次の時代へ成長していくための全社変革活動」と捉えています。

対立を前提にルールで縛るのではなく、企業が目指す「志」をストーリーとして描き、社内外へ発信していく。三方よしという日本の誠実なカルチャーを現代の志に翻訳し、関係者全員を同じ方向へ向かわせる。これが、私たちが「ステークホルダー主義は、ガバナンスの問題ではなく、ブランディングの問題である」と考える理由です。

その実装は、おおむね次の流れで進みます。

  1. 常識を問い直す:「自社にとっての当たり前」を批判的に問い直し、本質的な価値やDNAを掘り起こす。
  2. 志を明文化する:過去・現在・未来を紡ぎ、経営方針と連動した「ありたい姿・志」を言語化する。
  3. 社内へ浸透させる:誰もが志を自分の言葉で語れる状態をつくる。社外への一貫した発信は、ここから始まります。
  4. 社外へ共感を広げる:顧客・求職者・取引先・地域社会へと、同じ志を一貫して届け、共感の環を広げていく。

パーパスや志の考え方は、私たちの記事「パーパスとは何か」、社内浸透の進め方は「インナーブランディングとは」もあわせてご覧ください。

日本流ステークホルダー主義=志の探求を体現する企業の事例

ここからは、志を核としたブランディングが、どのように多様なステークホルダーをつないでいるのか、具体的な事例で見ていきます。

パナソニック サイクルテック株式会社(モビリティ/支援期間3年)

法改正による原付(50cc)の生産終了や、電動モビリティへの不安を背景に、特定小型原動機付自転車「MU」のブランディングを支援しました。

私たちが行ったのは、製品の機能を訴求すること(モノ売り)ではありません。「暮らしに、ココロとカラダの余白を」というブランド構想を起点に、製品が利用者の暮らしや社会にどんな価値をもたらすか(コト売り)へと、ブランドの語り方そのものを転換しました。利用者の暮らしという社会的な価値を起点に据えた実践例です。

モノ売りからコト売りへの転換は「リブランディングとは」もご参照ください。

ダイハツ工業株式会社(自動車/支援期間20年)

20年にわたる長期支援の中で、多様なステークホルダーに向けたコミュニケーションを設計してきました。

アクセサリー訴求では「こだわりを捨てるな」をコンセプトに、装着をユーザー自身の自己表現として感じてもらう動画を制作。福祉車両では、機能の説明にとどまらず、利用者の生活シーンや体験を軸にしたストーリーを描いています。さらに、子ども世代を巻き込んだ企画を通じて、未来の利用者・働き手との関係づくりにも踏み込んできました。利用者・家族・次世代という、世代を超えたステークホルダーを一つの世界観でつなぐ取り組みです。

ダイハツ工業株式会社プロジェクト画像
SHOWCASE
特別なレッテルは貼らない。
「福祉車両は、暮らしを豊かにするクルマ」というアプローチ。

当社実績ページにて、詳細をご紹介していますのでぜひご覧ください。

株式会社山形鉄工所(精密部品製造/採用ブランディング)

新幹線、自動ドア、大型トラックの油圧ブレーキなど、社会インフラを支える精密部品を手がける同社では、求職者という重要なステークホルダーに向けたブランディングを支援しました。

最新設備や規律ある職場環境を可視化し、採用したい人物像を定義。「らしさ」とものづくりの魅力を若年層へ伝えるコミュニケーションを設計しました。さらに、ベトナム・インドネシア・ミャンマーでのエンジニア採用も視野に、英語字幕を併記した採用ムービーを制作。国内外の人材という多様な関係者に、一貫した「らしさ」を届けています。

採用を起点としたブランディングについては「採用ブランディングで人材難を解決!」で詳しく解説しています。

伊那食品工業株式会社(食品/経営思想の参照事例)

三方よしを現代の経営として体現する企業として、寒天メーカーの伊那食品工業を挙げます。

同社が掲げる「いい会社をつくりましょう」という社是や、急成長を追わず持続的な成長を重んじる「年輪経営」の思想は、多くの経営者に参照されてきました。従業員、取引先、地域社会を大切にし、自社の成長と関係者の幸福を地続きで捉えるその姿勢は、まさに三方よしの現代的な実践と言えます。同社は私たちの支援先ではありませんが、「志を核に多様なステークホルダーと向き合う経営」を考えるうえで、参照価値の高い経営思想を示しています。

これらに共通するのは、制度やルールではなく、一貫した「志」が多様な関係者をつないでいるという点です。

中川政七商店(小売・工芸/経営思想の参照事例)

「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、自社ブランドの成長だけでなく、日本の工芸産業全体の活性化に取り組んできた企業として中川政七商店を挙げます。

同社は、理念の社内浸透を徹底するとともに、他社の経営再生支援や合同展示会「大日本市」の開催などを通じて、工芸に関わる事業者同士が共に価値を高め合う仕組みづくりを推進してきました。自社の利益追求にとどまらず、産業全体の発展を視野に入れた活動を続けた結果、売上を大きく成長させながら、日本の工芸の可能性を社会に発信し続けています。

同社は私たちの支援先ではありませんが、自社の存在意義を業界全体への貢献へと接続し、志を起点に事業成長と社会価値創出を両立している点において、「三方よしのブランディング」を考える上で参照価値の高い事例です。

日本流ステークホルダー主義=志の探求は、
未来をデザインするすべての企業の成長のダイナミズムとなる。

このアプローチは、特に次のような企業に適しています。

  • 多様な関係者と向き合う必要がある企業:顧客だけでなく、求職者・取引先・地域社会など幅広いステークホルダーとの関係が事業の生命線になっている企業。
  • 機能や価格だけでの差別化が難しくなっている企業:共感や信頼を、選ばれる理由にしていきたい企業。
  • 採用や人材の定着に課題を抱える企業:理念や文化への共感を、採用力・定着率の向上につなげたい企業。
  • 事業承継や第二創業の局面にある企業:受け継いできた価値観を、次の時代の「志」として再定義したい企業。

一方で、短期的な売上施策やキャンペーンの即効性だけを求める場合、ブランディングは最適な手段とは言えません。日本流のステークホルダー主義のブランディングは、中長期にわたって企業の土台を育てる取り組みだからです。

逆に言えば、長期の視点で「ありたい姿」に向かって関係者全員を巻き込んでいきたい企業にとって、これ以上ない経営の推進力になります。三方よしという日本企業がもともと持つ誠実さを、現代の志へとアップデートし、世界に発信していく。その挑戦の出発点に、ブランディングがあります。


株式会社エンビジョンは、「人を動かし、社会を動かすクリエイティブカンパニー」として、企業の経営や事業の課題と向き合い、その本質的な価値を再定義することで、社会に新しい意義を生み出すブランドへと育てるお手伝いをしています。戦略設計からクリエイティブの実装、社内外への浸透まで、多様な専門性を持つチームが一貫して伴走します。「三方よし」を現代の志へとアップデートする皆様の挑戦を、ぜひお聞かせください。