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2025/10/24

学生と地域に「選ばれる理由」を育てる、大学ブランディングの極意。【前篇】

対談記事

少子化が進み、全国私立大学の約6割が定員割れを起こしていると言われる今。各大学は、いかに自分たちならではの「らしさ」を磨き、学生や地域社会と強いエンゲージメントを築けるかが問われています。そんな中で、大学ブランディングの取り組み事例として注目を集めているのが、愛知の愛知東邦大学と、京都の佛教大学。両大学が歩んだプロセスは、「選ばれる理由」を模索するすべての大学関係者必読です。

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條憲二様
愛知東邦大学経営学部教授 日本ブランド経営学会会長

第一広告社(現I&SBBDO)にて、さまざまな企業の広告コミュニケーション戦略の立案、ディレクションに従事した後、インターブランドジャパンにて10年にわたってエグゼクティブディレクターを務める。2014年より愛知東邦大学経営学部教授に就任。同校のブランディング施策を牽引する。

三輪哲也様
愛知東邦大学 入試広報課 課長
大学卒業後、ものづくりに関連する商社での勤務を経て、2013年に「ものづくりから人づくりへ」をモットーに掲げて、愛知東邦大学に入職。2016年から始まった大学ブランディングプロジェクトに関わった経験を生かし、入試広報の仕事の傍ら「ブランディング体験型組織開発」という組織開発手法を探究中。

海老原星太様
佛教大学 学長室広報課 主任
佛教大学に学び、卒業後もそのまま大学に入職した、生粋の佛教大学人。2023年に始まった大学ブランディングプロジェクトではリーダーに任命され、1年半かけて佛教大学のアイデンティティと魅力再発見に挑む。現在は、新しくなったブランドイメージを背景に、大学広報に取り組んでいる。

藤巻功
エンビジョンCOO兼CBO

事業成長を加速させ、人を動かす「クリエイティブのチカラ」を信じているブランディングの専門家。国内大手広告代理店等を経て、インターブランドジャパンにて戦略ディレクターとして、グローバルを含む多様な業界の大規模プロジェクトを多数リード。その後、楽天グループ、KPMGコンサルティングにてブランディング/マーケティング&クリエイティブを統括。envisionでは、社会課題を解決するWoWなブランド・クリエイティブ開発、ブランディングの民主化に邁進する。

ますます厳しくなる地方私立大の経営と、大学関係者の葛藤。

藤巻
今日は次世代のあるべき大学像についてお話を伺いたいと思っています。まず最初にマクロ的視点から、大学を巡る環境の変化をどう感じていらっしゃいますか?

上條氏
私が着任した2014年は、私立大学の約4割が定員割れだと言われていましたが、それが今は約6割にのぼっています。とくに小規模(一般的には「入学定員が1,000人以下」または「収容定員が4,000人未満」の大学)なところでは、すでに募集停止したり閉校したところもあります。そんな中で、我々が10年前からやってきた大学ブランディングの成果が注目されるようになり、最近問い合わせがとても多いですね。事例としてはさほど新しくないのですが、「大学、定員割れ、ブランディング」というキーワードで検索している方々に、当時メディアで取材された記事がヒットするようです。

藤巻
とくに地方私大ほど状況は深刻で、女子大の募集停止も相次いでいますね。

上條氏
10年前は、まだ経営層のみが危機意識を持っていた程度で、教員はそれほどでもなかったんですが、最近は教員も深刻さを感じ始めています。もちろん教育の質も問われていますが、やはり圧倒的に大きいのは、「どう経営していくか」という課題。入学志願者を増やす対策と、中途退学を防ぐ対策を、早急にやらないと経営が成り立たないんですね。ちなみに中途退学だけでも何億円という損失になるんです。それは昔からあったことで、今に始まったことではないですが、経営的観点から見ると、学生一人ひとりに対するケアが昔に比べてより必要になっています。

三輪氏
一方で、大学がやみくもに学生募集に血眼になることに対して、高校側が懸念を示しているのではないかとも感じます。高校が問いたいのは、その大学がどんな教育力で、どんなふうに学生を育てて社会に送り出すかということであり、その本質は昔から変わっていないんですよね。

藤巻
佛教大学さんは1年半ほど前からブランディングに取り組まれていますね。

海老原氏
私ども佛教大学は仏教精神に基づいた教育を行っており、教育や社会福祉、保健医療など、「人のために何かをする人」、「困っている人に手を差し伸べる人」を育てる学部が中心になっています。関西で初めて通信教育を導入した背景にも、「そもそも人に差はない」という仏教の教えが根底にあり、ピーク時で3.5万人の受講生を抱えるほどだったんですが、それでもやはり大学運営が厳しくなっていく実感は全学的にありました。ただ何をどうすればいいか具体的にわからず、もやもやした状態が続いていた中、2023年ブランディングに取り組むことになりました。
少子化をはじめ大学を取り巻く環境が好ましいとは言い難い状況で「100年先も存在し続けられる大学」であるために「これからの大学を担う職員が中心となり、大学の『らしさ』を見つけ未来をつくるプロジェクトを立ち上げたい」という大学執行部の後押しのもとスタートしました。

地方私立大に求められる「地域で学び、地域とともに成長する」姿勢。

藤巻
大学に対して、企業や自治体から寄せられる要望や期待などはありますか?

海老原氏
最近は「京都を一緒に盛り上げることをやってほしい」という声が多く寄せられています。人材が減っている中、企業や自治体も大学と手を取り合って、お互いの成長につながることをやっていきたいという期待を感じます。その背景には、学生たちに京都の伝統文化や賑わいの担い手となってもらい、卒業後もそのまま京都に住み続けてほしいという強い思いがあるようです。

学生とホテルの協働プロジェクトでのワンシーン

藤巻
京都は、学生が住民の1割とも言われていますし、就職で大阪や東京に引っ越す方も多いと聞いています。

上條氏
地域との共存共栄は、これから大学が生き残る上で重要ですね。名古屋でも同じような状況で、本学も所在地である名東区との連携は大切にしています。私は愛知東邦大学の付属機関である「地域創造研究所」の所長も務めているんですが、その活動の一環として、たとえば2023年には人間健康学部と区の連携のもと、区民のスポーツ・健康に関する意識調査やイベントを行いました。また本学の大学の中には保育園があって、園児と親御さん、学生、隣の東邦高校の生徒といった異世代同士が、キャンパス内で自然と交流している姿がよく見られます。

三輪氏
本学では「学生」「地域」「仲間」というステークホルダーそれぞれに対してクレドを定めていて、「地域へのクレド」の冒頭に「地域が教室」という宣言を盛り込んでいます。つまり学内だけではなく、地域をキャンパスに見立てた活動を展開していこうということで、一例としては、知育玩具をつくっている名東区の企業との連携があります。これは2021年から始まったもので、学生が中心となりパッケージの提案やポップアップストアの運営に関わったりしているんです。

名東区の企業・株式会社ZINAZOLと愛知東邦大学が連携し、同社の幼児向け知育玩具「ジナゾル」を盛り上げていくプロジェクトを展開。

藤巻
そういったプロジェクト型の講義ができる教員がいらっしゃるんですね。実務家教員の制度も関係しておりますか?

上條氏
私のようなビジネス畑出身の実務家教員が増えているのは確かです。ただ、従来型の学術系の教員も最近はどんどんこういうプロジェクト型の教育をやっています。

藤巻
なるほど。それはとても興味深いですね。学術系の教員の方々にも、貴校のブランディングが影響しているのでしょうね。

埋もれていた「きらりと光る宝」を掘り起こし、磨き直した愛知東邦大学。

藤巻
ではここからは大学ブランディング実践篇として、まずは愛知東邦大学での経緯からお聞かせいただけますか?

上條氏
本学ならびに東邦高校が所属する学校法人東邦学園は、1923年に設立された旧制東邦商業学校をルーツに持つ約100年の歴史があるのですが、私が初めて大学案内パンフレットを見た時の印象は「もったいない」でした。ただ伸び代はあるし、生まれ変わった時のインパクトも大きいと思いました。
そこで着任後、担当ゼミの学生4人に働きかけ、彼らに学内でアンケートを取ってもらいました。そして130人ぐらいから回収した回答を見てみると、「大学に満足していない」とか「仕方なく入った」とか「後輩には勧めない」とかいうネガティブな声が改めて浮き彫りになったんです。そのレポートを理事長に共有し、「ブランドがまったく機能していない状態ですよ」ということを伝えました。ブランディングチームが発足したのはその翌年のことで、三輪もそのタイミングで事務局メンバーに加わってくれたんです。

藤巻
なかなかハードなスタートでしたね。伸び代を感じたというのは、何か光るものがあったからでしょうか?

上條氏
はい、それはすごくありました。創立者の下出民義(しもいで たみよし)は、明治〜大正期にかけて、名古屋地域で発電事業、鉄道業、製鋼業といった近代産業を興した、名古屋の渋沢栄一みたいな人なんです。そんな人が教育の重要性に着目して開いた学園の大学ですから、どこにも負けない資産を持っているんですよね。なのに、教職員も学生も「所詮、うちの大学なんて」と自信喪失しているのが問題だと思いました。

名古屋地域の産業の礎を作った下出民義。1923年に私財を投じて、愛知東邦大学の前身となる東邦商業学校を設立しました。

藤巻
創立者の志を、今の社会の価値に良質転換できればチャンスがあると思われたんですね。三輪さんはプロジェクトチーム内でどういう役割だったのでしょうか?

三輪氏
推進役ではあったんですが、「ブランディング」のブの字もわからない、まったくの素人からのスタートでした。でも面白かったのは、上條が私たちメンバー7人に毎週のように宿題を出して、「まず自分たちで考えてごらん」と言ってくれたことです。そしてみんなで案を持ち寄って発表し合うと、これまたいい具合に「いいね、面白いね!」って盛り上げてくれるんですよ。

上條氏
SWOT分析のやり方を勉強して、各自に考えて発表してもらう、というような実践型で、ブランディングの思考法を順序立てて共有していきました。よく言っていたのは、「自分が理事長だったらどうするか考えてみて」ということです。

三輪氏
あれが自分ごとにできた大きなきっかけでしたね。

藤巻
上條さんは、昔から、人を乗せていく天才でしたからね。また、「自分が理事長だったらどうするか考えてみて」という視座を上げて考えることは、とても重要ですね。

メンバーの巻き込み力が活きた「全員参加のブランディング」。

三輪氏
印象深かったのは、学生、教職員、高校の先生、卒業生など、約7,000人を対象に大アンケートを実施した時のことです。

上條氏
3,300通ほどのリターンがあった中で、大学に対する厳しい声も多く見受けられましたが、一方で「東日本大震災のボランティア参加率は全国の大学で一番」といった意外な事実もわかりました。ただ、それを調査レポートとしてまとめるだけでは誰も読んでくれないと思ったので、思わず読みたくなるような1イラスト+1キャッチコピーの冊子にまとめたんです。そして、この冊子を使って教職員80人を対象に座談会を開くことにしました。座談会は5日かけて行い、リアルで参加してくれたのが50名、他はメールでの参加でした。

三輪氏
上條はそういう「巻き込み方」が非常にうまいんですよね。コアメンバーのバランスもとてもよくて、我々のような職員がいて、教員である上條がいて、経営層の理事がいて、それぞれが自分のレイヤーで周囲を巻き込むという役割がうまく機能していたと思います。

藤巻
素晴らしいですね。そうやって自分たちの資産を紐解き再発見し、この先どこを目指したいかを議論した末に生まれたのが、「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」というコンセプトフレーズや、オレンジ色のブランドシンボルなんですね(編集部註:愛知東邦大学ブランディングのストーリーは過去対談でもご紹介しています)。
それらの決定プロセスについてもお伺いしたいのですが、クリエイティブの良し悪しを判断するのは知見がないとむずかしく、往々にして「みんなが好き嫌いで言いたいことを言う」状況になりがちだと思います。そこの部分はどうファシリテーションされたんでしょうか?

2018年にお披露目された、愛知東邦大学の新しいシンボルマークとコンセプトフレーズ。

上條氏
シンボルマークは、ブランディング会社を介して依頼したデザイナーさんから10数案出してもらい、そこから4案に絞り込んで投票を行いました。実はその投票結果では、今のシンボルマークは上位ではなかったのですが、そこである委員が「待った」をかけたんですね。その人が言ったのは「確かに投票で選ばれた案はきれいにまとまっているけれど、大学案内冊子を受け取る側からしたら、これまでとそんなに変わらないと思う」と。でも、このオレンジ色2本線のシンボルは、明らかに受け取る側にインパクトを残すはずだ、と言うんですね。その意見を聞いて、みんなでもう1回議論をやり直すことにしました。

三輪氏
そのタイミングでデザイナーさんにも意見を聞いたら、デザイナーさんもあのオレンジ色2本線のデザインが一押しだったとおっしゃったんですよね。コミュニケーションのシンボルとして強さがあり、機能しやすい、って。

藤巻
単純な多数決だけで決めないで、本質に立ち返って問いを立て、みんなで考え直す。大学の委員の方から、討議に「待った」をかけたというのは、正直驚きですね。民間企業でも結構な勇気がいりますよね。ましてや、大学組織で(すいません笑)。そういうプロセスを経たからこそ、新しいブランドアイデンティティが、よりしっかりと学内に根付いたと言えそうですね。

新たなブランド像で入学志願者増。そして広報のあり方まで変わった。

藤巻
ブランディングの成果はどのように表れましたか?

上條氏
さまざまな取り組みを実践してきたのでブランディングだけが理由ではないと思いますが、それまでの定員割れも改善し、入学志願者が増加しました。ただ、ブランディング(らしさづくり)は表面的な広告コミュニケーションのことではなく、大学組織全体でこの起点から全ての活動がつながり、取り組んだ結果と考えています。

三輪氏
「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」を実践するため、入試広報課のコンセプトを「人生の岐路に向き合う仕事」として再定義し、そこから高校生を対象にした教育プログラム「じぶんブランディング」を始めました。これは人生の岐路に立つ高校生に向き合う姿勢を明確に打ち出すもので、私たちがキャリア教育の講座とテキストを自前でつくり、愛知県一円の高校で無料出前授業をやっているんです。そこでは本学の学生募集は一旦度外視して、純粋に教育プログラムを提供しています。本学の大学案内冊子もそこでは一切配っていないんですよ。これまで累積で5,000人に受講してもらっていますが、そんなことをやっているうちに、高校の先生方からの見られ方や会話の内容も変わっていったんですよね。

藤巻
愛知県一円の高校で無料出前授業ですか!これはとても興味深い取り組みですね。入学志願者を増やそうと躍起になって営業をかけるスタイルだと、高校側も辟易してしまい逆効果ですよね。その点、一見遠回りなように見えても、高校の先生方や生徒からの信頼を得るような施策を、エネルギーと時間コストをかけて取り組んでこられたのが素晴らしいと思います。「じぶんブランディング」の具体的な内容はどのようなものですか?

三輪氏
まず高校1〜2年生を対象にしたプログラムで、自分を知り自分を磨く大切さを伝え、その後、オリジナル手帳を活用していくものです。手帳には様々なミッションが書かれてあり、それにチャレンジすることで、体感につなげていくプログラムです。
高校の授業の「総合的な探究の時間」などで採用いただいています。毎年ご依頼をいただいている高校もありますし、中には年間の教育スケジュールを組み立てる中で、この「じぶんブランディング」をどのタイミングで実施することがより効果的かを考え、組み込んでいただいている高校もあります。

上條氏
その他には、教員や職員は全員自分のクレドを持つようにしました。教員の皆さんにクレドを書いていただくというのも異例で、そこまでやり切る大学はなかなかないんじゃないでしょうか。ちなみに私のクレドは「その1%を見つけ出し、100%にする」です。大学公式サイトの「教員紹介」に、全教員のクレドが載っているのでぜひ見てみてください。さらに現在では、学生も全員クレドを持つようなりました。

※クレドとは、その人ならではの「信条」「誓約」を示します

藤巻
教職員も学生も、主体的に考えて言語化し、行動に移すような仕組みがデザインされているのが素晴らしいですね。続く後篇では、佛教大学の事例をお伺いしますので、よろしくお願いします。

◼︎後篇につづく