学生と地域に「選ばれる理由」を育てる、大学ブランディングの極意。【後篇】

大学ブランディングの先行事例として注目され、多くの大学のロールモデルにもなった愛知東邦大学。その舞台裏のストーリーを伺った前篇に続き、後篇では京都・佛教大学の事例を詳しくご紹介。さらに大学の淘汰が進む時代を見据え、地方の中小規模大学が生き残る道について、クロストークを行います。

◼︎前篇はこちら

未経験の若手ばかりのチームの心をひとつにした、佛教大学ブランディングはじめの第一歩。

藤巻
後篇では佛教大学のブランディングについてお伺いしたいのですが、大学の在り方を見つめ直したいというきっかけでブランディングの話が持ち上がったということでしたね。

海老原氏
はい。2023年秋に大学執行部の号令で、12人の若手職員によるプロジェクトチームが発足して、いきなり私がリーダーに任命されたんです。なんの役職もなく「ブランディングって何ですか？」というレベルの広報課員が、未知の世界にポーンと放り出されたわけですから、どうしよう？と思いましたね。でもちょうどその頃、「大学コンソーシアム京都」という集まりで研修を受けていまして、偶然にもリーダーに任命された翌週に、上條先生のブランディング講座があったんです。実際に参加してみてお話に感銘を受け、「これは運命だ」と思ってその日のうちに思いの丈を綴った長文メールを送りつけてしまったぐらい（笑）。その後すぐに先生の著書を買い、とにかくこの本の通りにやってみようと思いました。

藤巻
具体的な課題やプロセスが曖昧なところからのスタートだったんですね。

海老原氏
12人のチームメンバーを統括する副学長から最初に言われたのは、「佛教大学のいいところを見つめ直して、これからのあるべき姿をみんなで考えてほしい」ということでした。そこで自分が考えたのが、「チームビルディングの第一歩として、プロジェクトそのもののブランディングから始めよう」ということ。チームメンバーも全員ブランディングのイロハすら知らない状態だったので、まずは上條先生の実践型授業で学んだメソッドを準備運動的にやってみて、ブランディングの何たるかを掴んでもらおうと考えたんです。その結果、プロジェクトのタグラインは「Re:boot～みんなで愛される佛大へ～」に決まり、メンバーの気持ちもひとつになれたと思います。

藤巻
なるほど。まずはチームの結束から取り組まれたのですね。「Re:boot～みんなで愛される佛大へ～」！そこから新しいタグラインやロゴ策定にたどり着くまでに、どのような経緯があったんでしょうか？

海老原氏
以前は大学のタグラインとして「還愚（げんぐ）」という仏教由来の言葉が掲げられていたのですが、まず自分自身が、その言葉や旧ロゴを自分ごとにしづらかったというのが始まりでした。そこでプロジェクトメンバーに「今のタグラインやロゴ、どう思う？」と聞いたところ、「自分たちの手で佛教大学らしさが伝わる言葉に変えたい」というのが全員に共通した答えだったんです。じゃあこの先の未来につながるタグラインとロゴを、プロジェクトチームを中心に新しくしようということで、メンバーの目的意識がひとつになりました。

藤巻
ブランディングをやるという決断がトップダウンでなされた後は、若手職員でプロジェクトを推進してこられたんですね。上條さんのようなブランディング経験者が外部から入ってこられたわけでもなく……。

海老原氏
そうなんです。まず手始めにやったのが、教職員や学生、通信教育の受講者など関係者約1万人へのアンケートでした。「佛教大学で楽しかった経験を教えてください」という設問に対する回答が非常に分厚くて、そこに希望を感じられたんですよね。その後、約100人の教職員を巻き込んだワークショップを開催して、みんなでキーワードを出し合いました。丸一日、約８時間をかけたワークショップでしたが、集まった人からは「もう一回やりたい」という声が集まるぐらい一体感の濃い時間でした。

個性の違う学部に同じ横串を刺す、新しいタグラインとロゴの誕生。

藤巻
わからないこと尽くしの中、手探りでやってこられた様子が伝わってきますが、外部のクリエイティブエージェンシーの力はどれぐらい借りられたんですか？

海老原氏
SWOT分析やアンケート集計、ワークショップ運営、それからデザイナーさんやコピーライターさんとの橋渡しは、外部の専門家にお願いしていました。100人ワークショップで出たキーワードをもとに、コピーライターさんがタグライン案を100案ぐらい出してくださったので、そこからオンライン投票をやって候補を絞り込みました。でも今採用している「ありがとうが、あふれる世界を。」は、実は1位ではなく3位だったんです。

藤巻
そこからどうやって「ありがとうが、あふれる世界を。」に決定したんですか？

海老原氏
プロジェクトチームのあるメンバーが「これからAI時代になっても、人が生きる限り、ありがとうという言葉も思いもなくならない」と言って、この案を推してくれたことで、チームの意思が一気にまとまったんです。「ありがとう」自体、そもそも仏教との関わりが深い言葉ですし、本学との親和性も高い。それでチームとして周囲を説得しました。決裁の場にはプロジェクトメンバー全員で臨み、その思いや言葉で大学執行部の理解もつかみ取ることができました。最終的には「これから将来をつくる若い世代が考えたことなので応援してください」というメッセージが響いたようです。

上條氏
いいタグラインって、見た瞬間、すぐに自分ごとになるんですよね。自分がやってることは「ありがとう」につながるかなって自問自答させる力があるのが素晴らしいと思います。

藤巻
多岐にわたる学部がある中で、共通項を探すのはとても難しいですよね。良いとこどりの最大公約数を採ると角が取れてありきたりになってしまいがちです。でもそこで仏教に関連する言葉である「ありがとう」にたどり着いたのがすごくいいですね。ちなみにブランディング経験がない中、いろんなご苦労があったと思いますが、つらい時の海老原さんの心の拠り所はなんだったのでしょうか？

海老原氏
プロジェクトチームの仲間の存在は大きかったですね。みんなとは最初から「誰一人取り残さないブランディングをやろう」と言っていました。プロジェクトが終わった後、入職2年目のメンバーが「みんなで学園祭をつくり上げたような感覚だった」と言ってくれたんですよね。

藤巻
やはり、One Teamとなってベクトルを合わせて前進する。これはプロジェクトを推進する上でとても大切な視点ですね。

つながりが希薄になっていた学内の空気を変えた、熱量と一体感。

藤巻
ロゴのデザインも力強いですね。

海老原氏
デザインは好き嫌いになりがちなので多数決にはしたくなかったのですが、一方で全員を巻き込むことも大事にしたいと思っていました。そこでデザイナーさんから20案ぐらい出てきた中から５案に絞り込み、オンラインで意見収集した上で、最終的にはプロジェクトチームで判断しました。そして全教職員が出席する会議で発表し、ネガティブな意見に対してもすべて意図を説明して理解促進を図りました。

三輪氏
こういうものは後から理解がついてくる面もあるので、みんなで決めたものを、いかに育てていくかが大事ですよね。

海老原氏
はい。育てるという意味では、全教職員にブランドブックとピンバッヂとロゴ入りトートバッグを配布して、とくにピンバッジやトートバッグは全教職員が学内で使うことをマストにしたんです。

藤巻
2025年春に新しいロゴやタグラインを発表されて、学内外の反応などはいかがですか？

海老原氏
まだローンチして３ヶ月なので、志願者数の変化はこれからというところですが、2026年春には新しく看護学部が開設されますので、それに先立って学内で共通の未来構想を持てたことは大きいですね。新キャンパスもできますし。ブランディングプロジェクト以前は、「学内のまとまりが欠けている」というのが経営層の課題意識でしたが、100人集まったワークショップの熱量と一体感を見て、何かが変わったのを感じてくれたと思います。

ブランディングの成果が、学内の空気を前向きに変えていく。

藤巻
両校の事例をお話しいただいて、大学ブランディングの可能性を感じましたね。課題先進国日本において、若者のパワーは欠かせないものですので。

三輪氏
今は「オンリーワンを、一人にひとつ。」を学生により一層ブランド体験として浸透させていきたいと思っていて、入試広報課の活動にもなるべく学生を巻き込むようにしています。たとえばオープンキャンパスで配る本学の大学案内冊子には、自分の興味や特性に合った大学選びのための比較検討シートがついているんですが、そのシートも、制作メンバーとして学生が参加し、広告代理店さんと一緒につくったんです。オープンキャンパス当日のシートを使ったオリエンテーションも学生が担当し、成長の場にしています。

上條氏
最近は座学ではなく、学生に考えさせ行動させるプロジェクト型授業が増えて、ビジネスコンテストにトライしたりもしている中で、実際に起業する学生も出てきました。それって、生き方含めて自分と向き合ったからこそだと思うんです。これからは、どこでも通用するソツのない人間よりも、多少クセがあってもいいから替えのきかない人材の方が面白いと思いますね。

三輪氏
ブランディングプロジェクトを経験することで、私自身も大きく変わりました。ブランドをつくるという体験は、人や組織の主体性育成につながるんだと実感できたことは大きいですね。それ以降、自分なりに発案し学びを深めているのが、「ブランディング体験型組織開発」という組織活性化の手法で、今はその思考をnote で発信しつつ探究を続けています。

藤巻
ブランディングが、ご自身の職業観や人生観にも大きな影響となったのですね。

海老原氏
私はずっと大学職員だったからわかるんですが、大学職員って配属部署によっては成果を可視化しづらく、モチベーションの保ち方や自己肯定感を高めるのが難しい方が一定数いらっしゃると思うんですよ。でもそんな大学職員でも頑張ればできる、ということをもっと多くの人に知ってもらいたいです。たとえブランディングのノウハウは持っていないとしても、自分たちの大学のことを一番知っているのは自分たちですし、外部の専門家の力を借りて一歩動き出せば、ものごとを動かせるんですよね。

三輪氏
実は、海老原さんと一緒に、これまでの大学ブランディングの学びをまとめた書籍を出版する準備も進めているんです。

藤巻
大学職員の目線で書かれたブランディング関連の本はなかなかないので、非常に楽しみですね。私も、ぜひ参画させてください（笑）

規模は小さくても、明確な目的を持った個性豊かな大学が増えれば、日本はもっと元気になる。地域から日本を変えていく。

藤巻
昨今は大学も多様化していて、「すべて英語の少人数授業」や「全員留学」を打ち出している秋田の国際教養大学や、ニデック創業者の永守さんが立ち上げた京都先端科学大学（KUAS）、海外だと「キャンパスを持たない大学」として世界の都市を巡りながら学べるミネルバ大学など、独自の個性を持った大学が増えています。皆さんはどんな大学に興味を持っておられますか？

上條氏
たとえば群馬の共愛学園前橋国際大学。ここは「地域と共に生きる大学を目指す」と明言しているところで、地域連携のやり方は参考にさせていただいています。

藤巻
学長が注目する大学で4年連続1位ですね（※全国783校の学長宛てアンケートのうち回答のあった553校の学長の意見をまとめたもの）。マーケットを限定し、“群馬のための大学です”とビジョンを明確にしていますよね。

三輪氏
私は武蔵野大学に注目しています。仏教系の大学でアントレプレナーシップ学部や日本初のウェルビーイング学部創立など、尖ったことをやるという明確な意思を感じます。それもただ単に尖っているだけじゃなくて、ちゃんとコンセプトに筋が通ってるんですよね。アントレプレナーシップ学部は元Yahoo!アカデミア学長の伊藤洋一氏が学部長で、教員は実務家が中心というのもユニークです。ウェルビーイング学部は慶応大学名誉教授の前野隆司氏が学部長となっています。

藤巻
なるほど。それは知りませんでした。

上條氏
私が会長を務めるブランド経営学会にも、武蔵野大学の学生が参加してくれたことがあります。大学には行かずにずっと徳島で町おこしをやってる学生なんですが、そんな本人の自主的な活動も単位として認定する仕組みになっているそうです。

海老原氏
うちは通信教育部門を持っているので、ZEN大学や京都芸術大学に注目しています。とくに京都芸術大学のようなところは、幅広い世代の人が、趣味の延長線上で学べる環境を提供していて、生涯教育の時代にマッチしていると思います。

藤巻
社会人向けの大学院やリカレント講座が増えていたり、教員側にも社会人経験豊富な実務家教員が増えているところに、時代の変化ニーズを感じますね。偏差値や有名である、他人からの評価などによるこれまでの大学選びも、そろそろ次代に先駆けたものさし（判断・評価軸）や世の中の新たな「あたり前」を社会全体で考えていくことがマストとなりましたね。Critical Creative。私どもエンビジョンがとても大切にしている視点です。
最後に、全国の大学関係者にメッセージをお願いできますか？

上條氏
大学のブランド力向上について、同じ悩みを持ってる人が全国にたくさんいらっしゃるので、これからそういう人たちを顕在化させつながる仕組みをつくろうと考えています。文部科学省は私立大の経営改善についてガイドラインを出していますが、その中にブランディングは入っていませんから。

三輪氏
文部科学省は、「知の総和」（質の向上、規模の適正化、アクセスの確保）を打ち出しています。そこでも触れられていますが、規模の適正化、つまりは縮小化を進めていけば、エリアによっては大学がなくなり、アクセスができなくなる可能性があります。一般的に考えれば、業界が縮小していくと小規模大学は募集停止、もしくは大規模大学に吸収されていく可能性が高いですが、それはこれから多様な人材を育てる上で本当に正しいことなのか？とも思います。きちんと個性を打ち出している大学が複数ある中から、学ぶ側が選べることが理想であって、そのためにも自分たちの存在意義を打ち立てるブランディングが必要だと思っています。

海老原氏
ブランディングって何もロゴを変えることじゃなくて、まず自分たちの大学の生きる道がどこにあるかを考え、見つけることですよね。先ほど「大学職員の仕事へのモチベーションの保ち方が難しい」というお話をしましたが、大学職員だって、人を育ててこれからの社会をつくっていく重要な仕事だと思います。大学が変われば社会も変わるわけで、大学職員が価値を発揮できる場面はまだまだあると思います。

上條氏
おっしゃる通りで、大学職員のブランディングも、もっと考えるべきだと思います。どうしても「教授陣が偉くて、職員は下」のように見なす風潮がありますが、職員も大学を動かす重要な役割を担っていますからね。

藤巻
大学のあり方に悩まれている方々を顕在化させつながる仕組みづくりと、大学教員向けのブランディングセミナーも、ぜひ一緒にやりましょう！
日本の「未来」を考える上で、大学の存在意義の再定義はとても重要な成長ファクターと考えています。地域企業との連携や自治体、住民などのステークホルダーとの関わり方などなど、取り組むべきテーマ（＝挑戦）は山積していますね。
今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。