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2025/02/04

Critical Creative 〜予定調和なクリエイティブの壁を超えていくために〜【前篇】

対談記事

テクノロジーが発展し、クリエイティブの民主化が進む時代に、私たちプロフェッショナルの役割はどう変わっていくのか。そんなテーマを巡って、去る2024年11月のある日、エンビジョンにて、雑誌「宣伝会議」とコラボした特別対談が行われました。ゲストは、エンビジョンCOO兼CBOの藤巻功が在籍していた外資系ブランドコンサルティングファーム・インターブランドジャパンの卒業生であり、現在は「大学教育」や「世界における自社ブランドの人格確立」というそれぞれの課題に向き合っているお二人。両氏のまなざしには、エンビジョンがめざす「Critical Creative〜常識を疑う変革思考クリエイティブ〜」のヒントが満載です。そこで今回は、雑誌誌面ではカバーしきれなかったトークを蔵出ししてお届けします。
◼︎後篇はこちら

上條憲二様
愛知東邦大学経営学部教授、日本ブランド経営学会会長

第一広告社(現I&SBBDO)にて、さまざまな企業の広告コミュニケーション戦略の立案、ディレクションに従事した後、インターブランドジャパンにて10年にわたってエグゼクティブディレクターを務める。2014年より愛知東邦大学に就任。同校のブランディング施策を牽引する。

宮城愛彦様のポートレート

宮城愛彦様
サントリーホールディングス株式会社 デザインセンター部長・シニアクリエイティブディレクター

包装材メーカーのレンゴーでパッケージデザインに従事した後、インターブランドジャパンに入社。約10年にわたって商品ブランディングからコーポレートブランドディングまで手がける。2022年にサントリーホールディングスに入社。世界を視野にサントリーブランドの価値拡大に取り組んでいる。

藤巻功のポートレート

藤巻功
エンビジョンCOO兼CBO

事業成長を加速させ、人を動かす「クリエイティブのチカラ」を信じているブランディングの専門家。国内大手広告代理店等を経て、インターブランドジャパンにて戦略ディレクターとして、グローバルを含む多様な業界の大規模プロジェクトを多数リード。その後、楽天グループ、KPMGコンサルティングを経て、envisionでは、社会課題を解決するWoWなブランド・クリエイティブ開発、ブランディングの民主化に邁進する。

みんなで「文化」を共創する土壌を育てた、2年間の取り組み。 

藤巻
まずはここ数年のお二方の活動についてお聞きしたいのですが、お二方ともインターブランドジャパンというブランドコンサルティング会社の立場から、クライアント側、つまり「ブランディングを必要とする主体」に立場が変わられましたよね。

上條
私が愛知東邦大学に就任した時の状況をお話しすると、91年という歴史を持つ学園の大学でありながら、少子化の影響もあって、350人の入学定員ですが時々定員割れを起こしていました。大学側もなにか手を打たねばと思ってはいるけれど、「取り組むべき各論はあるが、それを総括するブランドコンセプトがない」という状態。そのようにブランディングのリテラシーが足りない中で、やみくもにコンサルや代理店に発注してイメージだけ刷新したとしても、自分たちの頭で考えることにつながらないし、根付かないですよね。大学というのは一般企業と違った特殊性もありますから、私としてはまずブランディングのことを丁寧に伝えることから始めようと考えました。花が開く前の「土壌づくり」に時間がかかったわけですが、一方で、今はイケてないかも知れないけどポテンシャルはある、これは面白くなるぞと思っていました。

藤巻
具体的にはどのように進められたのですか。

上條
まず私のゼミに入った学生4人が学内でアンケート調査を行いました。120人分の回収データを見てみると、「大学に満足していない」「後輩には勧めない」「周囲に言われて入った」という消極的な意見ばかり。そのデータを学生が音声付パワポデータにまとめました。私はそのデータを学内の主だった教職員に送付しました。データは本学のブランド力が弱いことを示していました。そしてその1年後には、自分で企画書を書いて理事長室と話し合いました。結局、それがブランド推進委員会の立ち上げにつながったんです。そこからは2年かけて、教員や職員はもちろん、卒業生や学生の親御様まで含めた7,000人ぐらいを対象に調査(回収は3,000サンプル強)をして、これからの愛知東邦大学に必要な「らしさ」について考えていきました。

藤巻
その企画書、インターブランド時代に業務としてやっていたとしたら、どれほど高額なフィーが発生していたか……(笑)。それを頼まれもしないのにやられたんですね。

上條
そうそう。ただしロゴなどVIのデザインは、安易に印刷会社や制作会社に頼むのではなく、ちゃんと費用をかけていいものを作りましょうと言いました。それまでは、教職員の皆さんの中にも「うちの大学なんて」という気持ちがあったかもしれません。それを払拭するには、創立100周年というこの節目を機に、もっとメンバーの気持ちを前向きに上げていかなくちゃならない。それで「皆さん、特別な記念日なんだから、回転寿司もとてもおいしいですが、たまには銀座あたりの一流寿司店の味を味わってみませんか」と寿司屋になぞらえて言ったりしました。

■愛知東邦大学
https://www.aichi-toho.ac.jp/

細部の積み重ねでブランドを有機的に生成していく
日本的アプローチが必要なのかも。

藤巻
宮城さんの場合はどうですか。

宮城
一般の生活者に近いという意味では、ブランドを運営するリアリティは格段に増しました。インターブランドでも本当にいろんなことを経験させていただきましたけど、あの頃に持っていた概念とは、発想の起点が全然違うんです。ブランディング会社時代は、三角形の頂点に企業ブランドがあり、その下に企業ブランドを支える商品ブランドがあるという概念で理解していましたが、その三角形がくるっと上下入れ替わった感じですね。逆三角形の上段に、お客様との接点である商品ブランドがあり、企業活動がある。企業ブランドはその下にあるんです。つまり、商品を通じて顧客の経験が積み重なり、それが企業のイメージになっていく。iPhoneを使うことでApple社の企業イメージが醸成されていく、というのと同じです。

宮城様ご説明内容を図解した画像

藤巻
プロダクトがコーポレートの価値を作る起点になると。

宮城
はい。サントリーに入るまではまったく逆で、「まず企業ブランドを定義しリブランドすることから始めよう」って言ってたんですね。ただ2年経った今思うのは、それぞれの商品やブランドが、目の前のお客様に真摯に向き合った結果の総体がサントリーという企業なんだということ。それは極めて日本的なアプローチと言えるかもしれませんが。

藤巻
それは「やってみなはれ」という創業の精神とも関係があるんでしょうか?

宮城
そうですね。ベースに下支えする企業文化があって、その上にそれぞれのプロダクトや活動が乗っかって、その総体がブランドになっているというのが正しいでしょうか。受け継いできた土台の上に、どれだけユニークな点を打てるかというのがプロダクトの役割だと思います。

藤巻
精神的・文化的な土台があった上で企業活動を行ってきたのがサントリーだとしたら、あやふやだった土台を明確にしたのが上條さんの活動ですね。

上條
ブランディングというと、VMV(ビジョン・ミッション・バリュー)を決めて、それに従わせるのが正しいみたいな風潮がありますね。欧米的で、やや一神教的なアプローチといいますか。もちろん、「べき論」で引っ張るのが必要で有効な場面もありますが、それだけでは面白くない。うちの大学で定めたのはVMVではなく、「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」というブランドコンセプトフレーズだけ。それを学生たちが自分なりに考え、それぞれの形で実践すれば、おのずといい学校になると考えました。実際、そういう空気に変わったことでユニークな入学生が増えたんですよ。だから、まず「らしさ」という文化を作った上で、めいめいに自由演技をしてもらう方が面白いんじゃないかな。広告会社が短期的に作るキャンペーンとかブームじゃ、文化にまではならないですよね。

宮城
そういう意味で言うと、サントリーもまさに「自由演技」です。「データや資料を見るのではなく、お客様の生の声を聞け」っていう文化があるんですよね。

予定調和なクリエイティブと決別しよう。
答えのない世界を、悩みながら、面白がりながら。

藤巻
今、弊社で考えているテーマは、これまでの常識を疑い、未来を妄想しつつ社会変革につながる価値を作り出す「Critical Creative」というものです。ものの不自由がなくなり、低成長が当たり前になった時代に、これまでと違うアングルからものごとを見ることで、新たなサービスが生まれるんじゃないかと思っているんですが、その辺りはどうお考えですか?

宮城
これまでの常識を疑うとか価値を転換するっていう行為こそ僕たちの真髄だと思います。たとえば、僕らが扱っている飲料って、コーヒーにしてもビールにしても、昔からあるものがほとんどです。ですから僕たちの仕事は、この世にない飲料を発明するというよりは、既存の飲料の価値を「ずらしていく」こと。見過ごしてしまいがちな日常に目を向けて、ユーザーの声なき声を形にできるようなものを探しています。

藤巻
その微妙な潜在意識に響くクリティカルな視点は「n=1」で探せ、とはいいますが、サントリーではどうなんでしょう?

宮城
もちろん「n=1」はとても重要です。そして、それだけに偏らず多面的に考えます。デザイン、マーケ、R&Dという専門性を持った人がチームになって考えるという開発の仕組みが、昔から社内にあるんです。開発のステップは、決してきれいにフェーズ化されてはいなくて、ドタバタ(笑)。ブランドマネージャーを筆頭に、商品の中身からデザインまで、それぞれの専門性や立場を超えた議論を重ねながら、みんなでよりよいものにしていこうというのが基本ですアグレッシブに挑戦して、究極、失敗したっていい、それを次の糧にすればいいっていう文化なんです。

上條
山口周さんが、論理的・分析的思考の結果、「正解のコモディティ化」が生まれるとおっしゃってますが、それ、すごくよくわかります。さっき宮城さんがおっしゃったみたいな、ドタバタした混沌の状態が気持ち悪いから、みんな手近な「べき論」を求めてしまうけど、そこから生まれるものは、だいたいつまらない。本来、もっと行ったり来たりだと思うし、そこをくぐり抜けたクリエイティブがないとね。予定調和のものばかり山ほど出てきたってしかたないと思います。
うちの大学でいうと、コンセプトの文章をみんなで考えてもらう際に、使っちゃいけない言葉を決めました。「未来」「明日へ羽ばたく」「笑顔」「地域貢献」「グローバル」などは全部NGです、って(笑)。そういう言葉使っちゃうと、たちまちどこかで見た広告のようになりますから。そういう、はまりがちな定型を取っ払ったおかげで、話し合いが活発になりましたよ。

宮城
ロジカルであることは大事だけど、それだけじゃダメだということに、もうみんな気づいていますよね。

上條
効果計測ばかりが幅をきかせる中、理論積み上げ型で川上から考えるのがセオリーになっていますが、時にはあえて川下から発想していくことも大事じゃないかな。

◼︎後篇につづく