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2026/02/10

介護現場の課題に向き合い続けた経験が拓く、福祉介護×モビリティの今と未来【前篇】

対談記事

高齢者人口が増加する一方で、支える側の人手が減り続ける日本。そんな中、介護に欠かせない「施設送迎」に、新規サービスを提供しているのがダイハツ工業株式会社様。送迎の安全性と効率化を高める「福祉介護・運行管理システム 『らくぴた送迎』」や、地域一体となって複数の施設の送迎業務をつなぐ「福祉介護・共同送迎サービス 『ゴイッショ』」など、自動車メーカーの枠に収まらない「コトづくり」が、いま注目を集めています。そこで今回は、それらサービス開発を担当する同社新規事業推進室のお二人にお話を伺い、これからの移動サービスについて思考を深めます。

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高齢化と人手不足が進む中、介護現場の送迎は安全性や効率性の確保が大きな課題となっている。ダイハツ工業株式会社は「らくぴた送迎」や「ゴイッショ」を通じ、車づくりにとどまらない“福祉介護×モビリティ”の価値創出に挑戦してきた。本記事では、その取り組みの背景と、これからの移動サービスの可能性をひも解く。

岡本仁也 様
ダイハツ工業株式会社 新規事業推進室

2008年ダイハツ工業株式会社入社。総務・渉外部を経て、2014年より介護送迎・介護タクシー業界の課題解決策の検討に着手。2018年に施設送迎業務をデジタル化するシステム「らくぴた送迎」の運営責任者に就任。その後、福祉介護・共同送迎サービスの構想および実証実験に着手し、2022年に「ゴイッショ」を立ち上げ。同社の新規事業推進室において、福祉介護領域のプロジェクトリーダーとしてチームを率いている。2025年11月からは総務省・地域公共団体 経営・財務マネジメント強化事業「地域創生分野」のアドバイザーを務める。

武内環 様
ダイハツ工業株式会社 新規事業推進室

車両関連機器メーカーのデザイン部門を経て、2018年にダイハツ工業株式会社入社。2021年に福祉介護領域のプロジェクトメンバーに。2023年からは「らくぴた送迎」と「ゴイッショ」のサービス一体化に向けた改革に取り組み、その成果を2025年にリリース。

エンビジョン「らくぴた送迎」担当チームより
藤巻 功(エンビジョンCOO兼CBO、プロジェクト責任者)
西井出(プロジェクトリーダー)
佐藤裕紀乃(ブランディングプランナー)
松井啓恵(デザイナー)

「らくぴた送迎」と「ゴイッショ」、福祉車両に強いダイハツならではの新規サービス開拓。

藤巻
ダイハツ様では福祉介護施設における送迎業務を管理する「らくぴた送迎」と、複数の福祉介護施設をまとめて地域単位の共同送迎をサポートする「ゴイッショ」を提供されています。2025年にはその二つのサービスを一体化してリブランディングされ、当社もお手伝いさせていただきました。今回は改めて「福祉介護×モビリティ」というテーマについてお伺いし、これからの社会課題を考えるヒントにしたいと考えています。まずは「らくぴた送迎」と「ゴイッショ」が生まれた背景から伺えますか?

岡本氏
もともとダイハツは、軽自動車の福祉車両で国内トップシェアを持っているという背景がありました。通所介護の送迎車は全国で約30万台あって、タクシー車両が全国で約20万台に満たないのに比べると、約1.5倍の輸送アセットになっています。そんな中で、まず施設様を対象として、送迎にまつわる計画作成や運用を効率化するために2018年に「らくぴた送迎」をローンチしたんです。その背景には、どの施設様も人手不足で厳しい中、業務負担割合として送迎業務に約3割、間接業務にあたる送迎計画作成を含めるとそれ以上の時間を費やしておられるという事実がありました。

西井
それまで施設スタッフの方々が毎日ホワイトボードやエクセルで計画表を作成し、記録を紙で管理していたことによる煩雑さが、ぐっと解消されたんですね。

岡本氏
はい。一方、2022年に立ち上げた「ゴイッショ」のお客様は自治体、もしくは広域で複数の施設を運営されている事業者様です。これまで各施設が単独で行っていた送迎業務を一つの団体に集約し、複数施設の利用者様が乗り合って各施設に通えるようなサービスをご提供しています。

西井
そこは行政の課題意識とも連動していますね。

岡本氏
おっしゃるとおりです。日本の生産年齢人口は、2020年から2040年までの20年間で約17%減り、その一方で75歳以上の後期高齢者は今よりも3割以上増えます。現在の介護サービスのままでは成り立たないということで、厚労省は生産性向上を呼びかけていますが、法人ごとの努力では限界があります。そこで厚労省は近隣の法人をつないで業務の協働化を推進しようとしています。この動きは、私たちが取り組んでいる方向とも合致しているので、貢献できると考えています。

武内氏
また施設送迎にとどまらず、まちの課題に視野を広げれば、電車・バス・タクシーといった一般交通にアクセスしづらい地域では、買い物難民や通院難民の問題も深刻化しています。介護施設の利用者様にとっても、施設利用日以外のお買い物などの移動手段確保は課題になっています。一方で、介護施設の送迎車両は朝夕の送迎時間帯以外は十分活用されていないという実態もあります。こうした送迎車両も含め、その地域で活用可能な移動アセットを集約・連携させることで、モビリティミックスの世界を実現できるのではないかと考えています。新しい移動形態をつくり出すことも視野に入れながら、こうした取り組みを自治体様へもご提案しています。

顧客課題に徹底的に向き合うことから生まれた「らくぴた送迎」のサービス改善。

藤巻
2025年には「らくぴた送迎」の機能を大きくバージョンアップされましたね。

岡本氏
はい。社会保障費が増大する中、予防介護にチカラを入れる自治体や事業者もあり、半日だけ介護施設を利用するケースも増えてきているように感じます。そうなると、短い時間にたくさんの利用者様が施設に出入りすることになります。つまりこれまで以上に柔軟で効率のよい送迎支援システムが必要になります。

引用:ダイハツ工業株式会社「らくぴた送迎」公式サイト

佐藤
単一施設で利用されるケース、複数施設で利用されるケースと、お客様によっていろいろな使い方があって、かなり複雑な状況だと思うのですが、そこにもしっかり対応されていますよね。

岡本氏
例えば、物流分野では高度な効率化が進められており、システムで運行計画やルート設定を一度行えば安定した運用が可能ですが、人の送迎はそれ以上の柔軟性が求められます。とくにご高齢者は、体調変化によるお休みなど急な変更もありますからね。その観点で振り返ると、2018年にリリースされた「らくぴた送迎」の初期モデルはまだまだ運用での工夫が要るものでした。お客様にも響かない時期が長くあり、多様な要望に応えるために何度もアップデートを繰り返してきましたが、今回のバージョンアップにより、さらに高い拡張性や利便性を実現したことで、より一層期待に沿ったサービス提供が可能となっています。

西井
顧客課題と向き合ってきた蓄積がリニューアルに生かされたんですね。やはり新規事業というのは、プロダクトアウト型の車の開発とは違うプロセスだなと感じます。

岡本氏
でも正直なところ、初期の「らくぴた送迎」は、完全にメーカー的なプロダクトアウト型発想で作ってしまっていたと思います。でもそこで苦労したからこそ、「ゴイッショ」はその反省を生かして工夫を重ねていいものが作れましたし、その「ゴイッショ」での学びが、今回の「らくぴた送迎」のバージョンアップにも生きていると思います。

武内氏
「らくぴた送迎」では、お客様から頂いた質問やご意見を随時共有し、関係するスタッフ全員がいつでも確認できる体制を整えています。これにより、システム開発担当のメンバーも状況をタイムリーに把握し、改修項目の検討を迅速に進めることができます。お客様の声とダイレクトに向き合えるのがこの事業の強みですね。リニューアルによってサービスをお届けできる方々も広がりましたので、これを機に、以前の「通所介護事業者向け」から「福祉介護全般」へと、サービスの定義も見直しました。

変化の起きにくかった介護現場が、「変わらざるを得ない」現実。

西井
介護現場の方々と接する中で、意識変化を感じる場面はありますか?

岡本氏
介護施設で働く方々は、同じ職員、同じ利用者様とコミュニケーションする日々を送られているので、新しい仕組みや働き方に関する情報を得る機会が少ないように思います。また、人が人をサポートする大切な役割を担っていらっしゃることから、その特性も相まってデジタル化が遅れやすい側面があります。一方で、人手不足に対する危機感は現場の方々こそ痛感されているので、いずれ業界カルチャーも変わっていくと思います。

武内氏
現場の方々は常に利用者様の安心を第一に考えられていますので、目の前の業務を利用者様の希望通りにこなすことに気持ちを傾けられており、業務改善に取り組む余力がないという面はあるかと思います。一方で、広い視野で10年後の介護施設の在り方や高齢者移動の課題に危機感を持ち、何とかしたいと考えておいでの方もいらっしゃいます。

藤巻
業務改善について意思決定する経営層と、現場の人とで認識の乖離はあるんでしょうか?

武内氏
かなりあると思います。介護事業と言っても多岐にわたりますので、送迎業務は一部分と捉えられがちで、先手を打って投資しづらい状況にあるではないかと思います。ただ長期的な目線をお持ちの経営層は、介護の担い手が高齢化している中、次の世代をどう育てるか、これまで福祉介護に関わっていなかった人をどう巻き込むかまで含めて考え始めておられますね。

藤巻
現在はまだ通所介護の送迎は付随的な立ち位置かもしれませんが、今後、より長寿化が進んで高齢者が増えれば、通いのニーズも増えるのではありませんか?

岡本氏
おっしゃるとおり、介護需要全体が増える中で、在宅で暮らしながら施設に通うケースは間違いなく増えます。さらに様々な状況の利用者の受入れが拡がると、施設での滞在時間が短いケースも増え、たとえば今までなら施設で1日6時間過ごすのが主流だったものが、3時間になる可能性もあるでしょうね。

自治体と地域のプレイヤーをエンパワーメントする仲介者になるために。

藤巻
次に「ゴイッショ」についてもお話を伺いたいと思います。これまで「ゴイッショ」の実証実験を複数カ所で手がけられてきたと思いますが、こういう新サービスの導入が、自治体で成功するための一番の決め手はなんだと思われますか?

岡本氏
実際に2022年に「ゴイッショ」をリリースしてからというもの、自治体の皆さんの反応は「いいアイデアだけど、自分たちが実際に導入するかと言われると……」という「様子見」が大半でした。そんな中で、実装にまで踏み切られた自治体に共通している点は、自治体職員の中にひとり、地域市民にひとり、熱意ある方がいらっしゃることです。つまり行政組織のウチとソトに少なくともひとりずつ、この地域の福祉介護をなんとかしたいと思っている方がいらっしゃることが大事なんです。

西井
ダイハツさんでは、そういうウチとソトをつなぐ橋渡し的なコンサルティングも担おうとされていますね。

岡本氏
そうなんです。福祉介護サービスにおける生産性向上については、自治体が主体となって旗振り役を担うべきだ、という考え方もありますが、実際の運用においては容易ではない側面もあると感じます。自治体は公平中立を求められる立場でもあり、地域のプレイヤーと民間企業の間に立って調整することは、本来の使命とは異なる側面もあります。もちろん自治体そのものが人手不足で余力がないという事情もあります。加えて自治体のカルチャーとして、物事に対して慎重な姿勢があり、改革への積極的な取り組みが難しい側面もあると思います。ですからそこに我々が介入して、お手伝いできればと考えているんです。

佐藤
「ゴイッショ」はMaaSアワード2020大賞のほか、2023年にグッドデザイン賞も受賞されています。そのことで自治体からの見られ方も変わってきているのではないかと思うのですが、いかがですか?

武内氏
それは確かに感じます。自治体様からの反応も良いですし、様々な法人様から協業したいというお話をいただくことも増えましたね。

岡本氏
ただし、評価されることとサービス導入につながることはまた話が別でして、受賞でマーケットが動くほど簡単な世界ではないのは確かです。やはり「ゴイッショ」のような新サービスが、社会に実装されていくまでには非常に時間がかかりますね。一方で、このような賞をいただいたことで、社内での理解が進んだ面はあると思います。我々のようなものづくりメーカーが、すぐに成果の出づらい「ゴイッショ」のような新規事業を継続していくには、受賞がありがたい後方支援になっているかもしれませんね。

◼︎後篇につづく