envisionの種

2026/02/13

風呂式 「なぜ銭湯か?- まちと人がゆるくつながる方法 – 」Vol.2(3回連載)

コラム

この連載は、銭湯を手がかりに、人と人、そしてまちとの関係を、いちアートディレクターの視点から考えるものです。
銭湯が好きでよく通っていますが、自分の住むまちでは、体感でも分かるほどの勢いで、その数が減り続けています。効率や正しさ、意味のあるつながりが求められる社会の中で、銭湯には、そうした価値観から少し距離を置いた時間が流れています。何かを成し遂げなくてもよく、誰かと深く関わらなくてもいい。ただ湯に浸かり、調子を整えて帰っていく。その「ゆるさ」に、惹かれています。誰でも行けて、誰でも受け入れてくれる。強いコミュニケーションではなく、同じ湯船に浸かることで生まれる、脆弱な連帯感。「みんな」ではないけれど、「ひとり」でもない。

そんな銭湯のあり方を起点に、カルチャーやデザイン、クリエイティブの思考を広げながら、人やまちにとって必要な「ゆるさ」や「余白」について考えていきます。銭湯の継承に、微力ながらも一助になれたらと思い、書きました。

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中井英之
Art Director

これまでメンズインナーやライフスタイルブランドのクリエイティブディレクションを経験。クライアントとユーザーの間で誠実なコミュニケーションを築く事がモットー。インパクトのあるビジュアルづくりが得意だが、アウトプットにとらわれず、常にオルタナティブな選択肢を探っている。

Vol.01の振り返り_まちの余白としての銭湯

Vol.1では、銭湯を日常的な施設としてではなく、まちの中に組み込まれた環境そのものとして捉え直した。目的や役割を明確に持たないまま人が集い、同じ空間と時間を共有することで、関係が生まれても生まれなくても成立する状態が保たれている。煙突や湯気、昼と夜で変わる空気感といった要素は、まちの生活リズムや体温を映し出す指標でもある。Vol.1では、こうした銭湯のあり方を通して、まちにおける「余白」がどのように人とまちを支えているのかを整理した。

銭湯のいま

一般公衆浴場、いわゆる銭湯は、長期的に数を減らし続けている。平成初期と比べると施設数は大きく減少し、その多くは個人による小規模経営だ。客数の減少や設備の老朽化、燃料費・光熱費の上昇、後継者不足といった複合的な課題を抱え、兼業によってかろうじて経営を支えている浴場も少なくない。一方で、入浴文化そのものが失われたわけではない。スーパー銭湯やスポーツ施設併設型の浴場は増え、利用者の多くは自宅に風呂を持ちながら、あえて銭湯を選んでいる。高齢者にとっては日常の居場所として、働く世代にとってはサウナや設備を目的とした余暇の場として、銭湯は「必要不可欠な施設」から「意味を求めて訪れる場所」へと、その役割を変えつつある。

参考:厚生労働省 健康局生活衛生課 / 公衆浴場業(一般公衆浴場)の実態と経営改善の方策
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001534717.pdf

こうした調査結果が示すのは、銭湯が生活インフラから嗜好型・文化型施設へと移行する過渡期にあり、経営を持続させていくためには、設備更新や独自性の発揮、そして地域との関係性をあらためて編み直すことが欠かせない、という現実だ。
そんな中、今回は銭湯を継承していくための活動事例を、三つ紹介したい。

ゆとなみ社 -銭湯と日常-

■ ゆとなみ社
https://yutonamisha.com/

京都を拠点とする「ゆとなみ社」は、銭湯の継承と運営を主な事業として、複数の公衆浴場を手がけている。廃業や後継者不在により存続が難しくなった銭湯を引き継ぎ、設備改修や運営体制の見直しを行いながら、営業を継続してきた。あわせて、ウェブサイトやSNSなどを通じた情報発信にも取り組み、営業時間やイベント、利用方法といった情報を可視化している点も特徴のひとつだ。こうした取り組みによって、従来の利用者に加え、若い世代や観光客など、新たな利用層の来訪も生まれている。

京都・源湯を営むゆとなみ社の中村勇貴さんは、インタビューの中でこんな言葉を残している。

「例えば、休みの日に朝9時には起きるぞと思ってたのに、起きたらもう午後2時で、『なんか最初っからリズム崩れてるな』みたいな日ってあるじゃないですか。点数的には今日20点やな、みたいな日。
そんな日でも、とりあえず一日の終わりにでかい風呂に入ったら、プラス30点ぐらいにはなると思うんです。一日の最後、良かった日でもダメだった日でも、銭湯に来れば一日の点数がちょっと上がる、そんな場所であり続けたいって思ってます。」

■ 出典:【銭湯VS】時代の荒波に挑む銭湯運営──京都・源湯が挑む逆境と革新、そして固定観念との戦い
https://furosauna.com/2025/06/17/123026139/

素晴らしいと思う。
ここで語られているのは、癒しや非日常ではない。「うまくいかなかった一日」を、そのまま受け止め直すための場所としての銭湯だ。このような場所が、一日でも長くまちの中に存在してほしいと思う。

温泉州 −地域を編む銭湯−

■ 温泉州
https://www.senshutowel.jp/onsenshu/

大阪・泉州地域で展開されている「温泉州」は、地域に点在する公衆浴場を横断的につなぐ取り組みとして企画されたプロジェクトだ。参加者はスタンプラリー形式で複数の銭湯を巡りながら、まちを回遊する体験を得ることができる。銭湯単体ではなく、エリア全体をひとつの温浴圏として捉え直している点が特徴と言える。

この取り組みは、地域産業との接続も意識されている。スタンプラリーの景品や関連アイテムには、泉州地域の地場産業である泉州タオルが組み込まれており、銭湯体験がそのまま製品との出会いへとつながる設計になっている。銭湯で使われ、持ち帰られ、日常の中で使い続けられるタオルは、体験の記憶を生活の中に残す媒体でもある。ここでは、銭湯と製品、文化と商業が無理なく接続されている。

スタンプラリーという仕組み自体も、日常との距離感がちょうどいい。遠出をするほどでもないが、いつもの一軒だけで終わらせない。今日はどこに行こうか、と考える小さな動機が生まれる。

温泉州が提示しているのは、銭湯を守るための活動というより、銭湯を使い続けるための環境づくりに近い。地域と接続し、産業と結びつき、無理のない商業性を持ちながら、銭湯を日常の延長線上に置き直す。その設計そのものが、この取り組みの価値なのだと思う。

一般社団法人 せんとうとまち −銭湯を引き継ぐ−

■ 一般社団法人 せんとうとまち
https://sento-to-machi.org/

「一般社団法人せんとうとまち」は、銭湯単体ではなく、銭湯とその周辺のまちをひとつの単位として捉え、再生や継承を支援する活動を行っている団体だ。具体的には、銭湯を登録有形文化財として申請するためのサポートや、建物・歴史・運営に関する調査研究、記録の蓄積などを通じて、銭湯を文化資産として残すための実務的な支援を行っている。こうした活動は、経営の継承とは別の角度から、銭湯の存続可能性を広げる試みと言える。

公式サイトでは、銭湯と地域の関係性について次のように述べられている。

一般社団法人せんとうとまちは、その名の通り、銭湯のみならず、銭湯とその周辺のまちを共に考え、再生・活性化していくことを目指しています。日々目まぐるしく変化する都市の多くでは、かつて緊密であった銭湯と地域住民、周辺の街並みや暮らし、住民同士の関係性が薄れつつあります。それらに丁寧に向き合い、新たに編み直しながら、地域の中での銭湯の存在感を取り戻すことで、銭湯の持つ文化的・社会的価値をこれからの地域社会に最大限に活かすサポートができたらと考えています。

■ 出典:一般社団法人 せんとうとまち | せんとうとまちの思い
https://sento-to-machi.org/

銭湯を継承していくための施策の主語を「個人」や「事業者」ではなく、「まち」という単位に置いている点が、この取り組みの大きな特徴だ。銭湯を残すことは、建物や営業を維持することだけではなく、周囲の環境や関係性を含めて更新していくことでもある。その前提に立ったアプローチは、時間のかかる方法ではあるが、持続性という意味ではきわめて現実的で、頼もしい。活動内容はニュースレターとして継続的に発信されており、寄付というかたちで関わることもできる。銭湯の未来を、少し引いた視点から支えたい人にとって、ひらかれた入口が用意されている。

■ せんとうとまち | ニュースレターへようこそ
https://sentotomachi.substack.com/about

そして、風呂式

ここまで見てきた三つの事例はいずれも、銭湯を「残す」ための活動であると同時に、銭湯が内包してきた価値を、いまの社会に合わせて包み直す試みでもあった。運営、地域、産業、文化。銭湯はもともと、ひとつの機能だけで成立してきた場所ではない。暮らしのリズム、他者との距離感、まちとの関係性など、異なる要素を矛盾したまま受け止めてきた場所だった。

ここで、本稿のタイトルに掲げた「風呂式」という考え方について触れたい。
風呂式とは、入浴の「風呂」であると同時に、包むための「フロシキ(風呂敷)」の意味も含んでいる。ひとつに定義し切らず、さまざまな価値や状態を、そのまま包み込むための態度だ。効率や成果を優先して切り分けるのではなく、うまくいかなかった一日も、調子の揺らぎも、関係の曖昧さも、排除せずに受け止める。その余白が、銭湯という場所には昔から根付いているように思う。

  • 強くつながることよりも、弱さを受け止めること。
  • 関係を増やすことよりも、関係が生まれてもいい状態を保つこと。
  • よい銭湯のように、場の湿度を保ち、余白を中心に据えること。

私は、この銭湯に内在する考え方を「風呂式」と呼びたい。
次回は、この風呂式の視点から、銭湯やまち、そしてクリエイティブがどのように関わりうるのか、もう一歩踏み込んで考えてみたい。

◼︎Vol.1はこちら