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2026/09/09

地球視点で未来をデザインする、“日本らしい”共創と変革。【後篇】

対談記事

「地球視点で未来をデザインする“日本らしい”共創と変革」をテーマにした特別対談も、いよいよ後篇へ。不確実性が増す一方で、AIの登場により「誰でも簡単に答えらしきものが出せる」ようになった現代。私たちが新しい価値を生み出すために、大切にすべきこととは?お二人の深く鋭い洞察に満ちたトークにより、我々の思考はビジネスにとどまらず、これからの生き方にまで広がっていきました。

◼︎前篇中篇はこちら

長屋明浩様
ヤンマーブランドアセットデザイン株式会社
代表取締役社長

トヨタ自動車に約30年勤務し、レクサスブランド企画室長、トヨタデザイン部長、子会社社長を歴任。その後ヤマハ発動機に移籍。執行役員クリエイティブ本部長として、全商品デザイン開発とグローバルブランディングを8年担当し、同様のニーズからヤンマーに移籍。ヤンマーホールディングス取締役CBOを経て、2025年4月より現職。デザインコンサルティングとコンテンツビジネスを専門に扱う機能会社として立ち上げた。

水野大二郎様
京都工芸繊維大学
未来デザイン・工学機構教授
1979年東京生まれ。高校卒業後渡英、Royal College of Artにて修士・博士課程後期修了後帰国し日本で活動を展開。専門はデザインリサーチなど。京都大学デザインスクール特任講師、慶應義塾大学環境情報学部准教授、慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授などを歴任し、産学連携の共同研究やコンソーシアムなども複数手がけてきた。

藤巻功
エンビジョンCOO兼CBO
事業成長を加速させ、人を動かす「クリエイティブのチカラ」を信じているブランディングの専門家。国内大手広告代理店等を経て、インターブランドジャパンにて戦略ディレクターとして、グローバルを含む多様な業界の大規模プロジェクトを多数リード。その後、楽天グループ、KPMGコンサルティングを経て、envisionでは、社会課題を解決するWoWなブランド・クリエイティブ開発、ブランディングの民主化に邁進する。社会人向けエグゼクティブプログラム京都クリエイティブ・アッサンブラージュ修了。

当たり障りのあるもの、クレイジーな妄想を形にすることこそ人間の力。

藤巻
そろそろ対談も終盤になってきましたので、ここからは、これからのAI時代に経営者が大事にすべきことを考えてみたいと思います。エンビジョンとしては「妄想し本質を問うチカラ」と、「意志で決めていくチカラ」を挙げましたが、いかがでしょうか?

水野氏
経営の現場だけでなく、研究や教育の現場でもそれは同じだと思います。これからAI利用が加速度的に増えていくでしょうが、プロンプトをいかに巧みに書こうとも、結局は歴史化された情報をベースに提案されるしかない以上、それらは「当たり障りのないもの」になっていきます。そんな中で、「当たり障りのあるもの」を見つけるのが問いの力だと思うんです。「今ここ」の世界では非常識と思われることでも、「それもあり」と信じて賭けられるのは人間だけの力だと思いますね。

長屋氏
おっしゃる通り、いかに今と違うクレイジーなことを考え出すかに尽きると思います。こうなったらいいのに、とか、こんな世の中なら楽なのに、と妄想する中にこそ、あなたらしさが潜んでいるんです。僕がアニメをやると言った時も、部下たちはみんな「こいつ気が狂ったな」と思ったはずですが、僕はむしろその反応を見て「行ける」と思いました(笑)。僕が普段からよく言うのは、「CREATIVITY(創造性)とは、CRAZY+ABILITY(クレイジーになる能力)だ」ということです。それはうまくいくとCREDIBILITY(信頼性)にもつながります。クレイジーなことを考えて実行してこそ人々の共感が得られるわけで、そこにたどり着くまでは孤独な戦いが続くかもしれませんが、そこに自分が意味を見出しているなら努力できますよね。

長屋氏
PoC(プルーフオブコンセプト:概念実証)って皆さん大好きでよくおっしゃいますけど、プルーフはどうでもいいから、とにかく「やってみなはれ」だと思いますね。でも上司に聞いたって、なかなか「やってみなはれ」とは言わないでしょう。だからコソッとやるんです。いちいち上司の許可を取らなくてもやれる方法はあるはずだから、ワクワクする状態に自分がなりたいならば、まずそれをやってみてほしいです。

藤巻
なるほど、大変興味深いお話ですね。PoC祭りから脱却し、「当たり障りのあるもの」に懸けて、クレイジーな創造者になれ、と(笑)。

誰もがデザイナー!不確実性の時代に、個として成長するための思考法。

藤巻
先ほどお二人がおっしゃったようなことを実践していくには、自分なりにインプットを広く深くし、情報を整理していく必要がありますよね。まさに「誰もがデザイナー」である時代に、個として成長するためには何が必要なのか。水野さんなら学生に対して、長屋さんなら従業員に対して、どんなアドバイスをされますか?

水野氏
近年、未来洞察を深める手法として注目されているのがSFプロトタイピングです。サイエンス系の論文を読んで社会課題を把握した上で、新技術によって状況がどう変わるか、登場人物を設定してシナリオを作成する、という手法です。これをさらに展開させ、書いたシナリオの世界を自分で即興劇として演じるLARPという手法に注目しています。これを教育の現場で活用していますが、実際に演じてみると、シナリオ執筆時には気づかなかったインサイトが見えてきたりするのが面白いところです。

(参照:弊社藤巻によるSFプロトタイピング体験記はこちら

ここでの学びは、長屋さんがおっしゃっているような他者への共感に接続していかないと意味がないので、僕はシナリオだけで満足せず、サービスや製品まで実際に踏み込んでプロトタイプをつくってみるのが重要だ、という点ですね。

長屋氏
いま僕は、ヤンマーブランドアセットデザインと並行して、AlphaDrive BRAND変革総合研究所の所長を務めています。これはブランドを企業の「変革装置」と再定義して実践・研究を行うバーチャルな研究所なんですが、100以上のスタートアップ支援をしてきたパートナーの麻生要一さんが言うには「みんな狙い定めて新規事業で“当てに行こう”とするけど、そんなの当たらない」って。僕も同様で「そのビジネスにはどれぐらいの確度があるんですか?」なんて考え方は嫌いですね。「そもそも、そんなもの自分にはわからない」ってことを知ることこそが大事で、とにかくインプットと実践をぐるぐる回しながら軌道修正していくしかないんです。それをやるのがデザイン経営で、ありもしない「正解」を探している暇があったら自分の目の前の現実に対処せよと思いますね。

水野氏
僕がこれまで複数の大学でデザイン教育に携わってきて思うのは、「不確実なものに直面した時に、不安よりも楽しいと思えることが重要じゃないか」ということです。

藤巻
社会が複雑化し、より広義のデザインが必要とされて「誰もがデザイナー」になり得る今は、効率やKPI偏重などの合理主義的態度から脱却し、ある種の非効率や回り道を許容していく「プリコラージュ(*1)」的デザイン態度が不可欠ということだと思います。そして理論と実務、客観と妄想というダブルエンジンを回しながら、目の前の問題解決だけでなく、長期的視野で世界をより良くしようという視座を持ち続けることが重要なんでしょうね。
(*1:「ブリコラージュ」とは、文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースが提唱した概念で、その場で手に入る材料や道具を組み合わせながら臨機応変にものを作り上げる思考や手法のこと)

藤巻
私たちは今、複雑に絡み合った問題に、どう地球規模で向き合うかが問われています。先行きが不透明な時代だからこそ、望ましい未来を妄想し、構想する。個別最適ではなく、全体で考える。意外性のある「問い」を設定し、単一の評価軸では決められないことを決める。そんな視点を持ちたいとお二人のお話をお聞きして改めて思いました。そのためにも思い込みや固定概念から脱却し、単一の評価軸に振り回されない複眼的思考を持たなくてはなりませんね。 

「新しいデザインにワクワクしない」そのわけは?

藤巻
話は尽きませんが、そろそろ最後の質疑応答に移りたいと思います。ご質問のある方はお願いします。

質問者A様
私はメーカーに30年以上勤めている人間ですが、専門家が集まればいいものが出てくるかと思いきや、社内のデザインアワードを見ていると、畑違いの人が作ったものが面白くて大ヒットしたりするケースが意外とあります。「イノベーションを起こすのはよそ者、馬鹿者、若者」と言われますが、そうなると専門家の役割ってなんだろう?と思ってしまいます。

水野氏
自分の世界観が強固になればなるほど、そこから出られなくなるし新しいものが受け入れられなくなると思います。世界観を常に問い直し、作り続けていく力が専門家として問われているんじゃないでしょうか。

質問者A様
最近はクルマや建築のデザインが軽薄短小でつまらなくなってる気がするんです。ヒットしているものも、過去のオマージュに見えて、デザインの進化ってなんなんだろうとモヤモヤしてしまうんですが。

水野氏
「新しいもの」の魅力が相対的に薄まっている中で、何に価値があるのか。それは多くのデザイナーや建築家に共通する問いだと思います。現在では、過去のあらゆるものがサンプリング可能で、ファッションでも音楽でも、さまざまな要素がごちゃ混ぜになって新しいエステティクス(美学、審美眼)をつくっています。ですから、ただ懐古的であるとかリバイバルしているという昔風な社会学で捉えずに、もっとダイナミックに世界が動いていると捉える方がいいと思います。

長屋氏
狭義のデザインと広義のデザインの双方をやっている立場からすると、希望と絶望が共存しているのは僕も実感としてあります。僕も古いクルマが好きですしね。でもそれって「最近の若いものは……」という言説と同じだと思うんです。それから製品には「スペック」と「カルチャー」という二面性があるんですよね。人間関係でも「あいつはいい奴で好きだけど、一緒に仕事をするのはちょっと……」みたいなことってあるじゃないですか。「好き」ってことと「スペックが高い」ことは別なんですね。「好き」の感情は、時代性とか社会にすごく影響されるから、かつて好きだったものが嫌いになったりもします。だからこそデザインに勝ち負けも正解不正解もないし、どの時代、どの社会にも通用する普遍的なデザインなんて、存在しないんじゃないかな。我々はかつてのスター的存在にドキドキした記憶が残っているから、そこに意味があったように思いがちですが、だからといって「あの時代のデザインが輝いていた」とは言えないと思います。

思想統制された秩序を壊して、本当の多元世界をつくる一歩を踏み出そう。

藤巻
ありがとうございます。ほかにご質問のある方はいらっしゃいますか?

質問者B様
デザインやブランディングに関わる者として「多元世界」という概念に勇気をいただきましたし、これからの世界で僕がやるべきことは、新しい関係を構築してケアすることじゃないかと思いました。そうやって日本の中でも多元世界があちこちで生まれたら、資本主義に息苦しさを感じる人にちょっとは逃げ道のようなものが提供できるんじゃないかと思うんですが、お二人はどう思われますか?

水野氏
多元世界に向けたデザインの根幹には、家父長制的資本主義に裏付けられた近代的な開発への批判があるんですが、その話はここでは一旦置いときましょう。その上で、壊れかけの世界を西洋医学的に治療するのではなく、別の関係を作り出しケアするという探索はぜひやっていただきたいです。例えば、僕の認識では「非東京」にヒントがあると思っています。東京より長い歴史を持つ場所はいっぱいあって、そこで人々がどう互恵的なコミュニティを作って生業を回し、地域の資源を維持可能な形で活用してきたか。それを知ることには大きな意義があると思いますし、そこで得られた知見は横展開が可能なものかもしれません。

長屋氏
多元世界の概念からすると逆説的な話かもしれませんが、僕は今ほどデザイナーがスポイルされている時代はないと思っています。昔と比べて、制作に使うデジタルデバイスが世界規格で統一されてデザインが楽になっていることに加えて、グローバル化の影響で「理想の暮らし」のイメージがどこでも似通ってしまっていますからね。世界最適をデザインすれば売れるわけです。でも、だからこそ「思想統制されないでください」と言いたいですね。ファッションの流行だって、「これを流行らせよう」と仕掛けている誰かがいるから生まれています。そんなふうに人為的に仕組まれた一元的な社会は、効率的なように見えて富や権力を一極集中させ、戦争すら起こす危険をはらんでいます。そうやって他人に洗脳されて同じものを買わされている中で、確度を上げたって面白くないし、第一そんなのはAIに任せておけばいいんです。人が作った秩序を壊して違うブームを作ってこそ、本当にフリーダムな多元世界が生まれるし、それこそがAIにはできないことだと思います。

藤巻
現実に過剰適応して、飼い慣らされてしまってはいけませんね。エンビジョンとしても、今日伺ったお話をヒントに、これからの日本社会をよくしていく挑戦を続けていきたいと思います。非常に濃密なお話をありがとうございました。

約3時間にわたる対談を、弊社佐藤がグラフィックレコーディングで可視化。胸に刺さる言葉が続出した対談の熱気が紙面からも伝わってくる。