envisionの種

2026/06/24

ちょっと無理クラブ 〜弱音を、ポジティブにはこう。〜

コラム

この企画は、弱音をうまく言葉にできない人も含めて、ありのままの状態で参加できるコミュニケーションのあり方を、デザインの視点から考えるものです。

弱音は、ネガティブなものとして扱われがちですが、本来は自分の状態を知り、誰かと共有するための自然で健康的な行為でもあります。問題は、弱音そのものではなく、それを出しやすく、受け取りやすくする形が少ないことではないでしょうか。

そもそも何を「弱音」と感じるかは、時代や価値観、関係性によって変わります。自分では弱音だと思っていることが、別の視点から見れば、むしろ自然な違和感や健全な自己認識である場合もあります。この記事では、弱音を個人の問題ではなく、社会や価値観との関係の中で捉え直します。

そこでこの記事では、「かわいい」を単なる流行や装飾ではなく、言葉にしづらい弱音や不完全さをやわらかく共有するためのコミュニケーションデザインとして捉え直します。あわせて、Y2K、平成レトロ、ぬい活といったカルチャーの広がりを、今の時代が求める安心感や自己表現の変化として読み解きながら、弱音を無理に前向きに変えるのではなく、ありのままの状態で人とつながるための形をつくる。その可能性を探ることが、この企画で試みたいことです。

中井英之
Art Director

これまでメンズインナーやライフスタイルブランドのクリエイティブディレクションを経験。クライアントとユーザーの間で誠実なコミュニケーションを築く事がモットー。インパクトのあるビジュアルづくりが得意だが、アウトプットにとらわれず、常にオルタナティブな選択肢を探っている。

三好 真央
Designer

香川県出身。水瓶座。デザイン専門学校を卒業後、Web媒体を中心にデザイン制作を経験。より広い視野で、さまざまな媒体を通して誰かの心に寄り添うクリエイティブを目指したく、envisionへ入社。クライアントやユーザーが求めるものに、プラスアルファの価値を添えた提案をしたいと思っている。日常ではとにかく自分がときめく“かわいい”ものを集めるかわいいコレクター。自分自身も誰かの心がときめくデザインを届けていきたい。

弱音は、うまく言葉にできないことがある

疲れている。気持ちが追いつかない。返事ができない。何も出てこない。でも、それをそのまま「つらい」「助けて」と言うほどではない。あるいは、言葉にした瞬間に大げさになってしまう気がして、結局なかったことにしてしまう。

私たちの日常には、そんな“言葉になる前の弱音”がたくさんあります。はっきり説明できるほど整理されていないけれど、たしかに自分の中にあるもの。誰かに伝えたいような、でも伝えるほどでもないようなもの。言葉にすると重くなりすぎるし、黙っていると少しずつ溜まっていくもの。

弱音というと、「もう無理」「助けてほしい」「しんどい」といった、はっきりした言葉を思い浮かべるかもしれません。でも実際には、弱音はもっと曖昧です。なんとなく疲れている。誰かと話す元気がない。返信しなきゃと思っているのにできない。何かをしたい気持ちはあるのに、体も心も動かない。そういう状態は、必ずしもきれいな言葉にはなりません。名前をつけるには小さすぎるし、でも無視するにはちゃんと存在している。弱音には、はっきり言語化できるものだけでなく、未整理で、曖昧で、まだ自分でもうまく説明できないものがあります。では、その“言葉になる前の状態”を、どうすれば人と共有できるのでしょうか。

弱音を吐くことは、個人の弱さではない

弱音は、ネガティブなものとして扱われがちです。弱音を吐くと、迷惑をかけてしまう。空気を悪くしてしまう。自分が弱い人間だと思われてしまう。そんな感覚があるからこそ、私たちは弱音を出す前に、つい飲み込んでしまいます。

でも本来、弱音を吐くことは、自分の状態を知り、外に出し、誰かと共有するための自然な行為でもあります。体調が悪いときに「少し休みたい」と伝えるように、心の状態もまた、誰かに伝えられていいはずです。

問題は、弱音そのものではありません。弱音を出しやすく、受け取りやすくする形や空気が少ないことではないでしょうか。つまり弱音は、個人の強さや弱さだけの問題ではなく、コミュニケーションデザインの課題として捉えることができます。

弱音は、時代や価値観によって変わる

もうひとつ考えたいのは、そもそも何を「弱音」と呼ぶのか、ということです。弱音は、自分の内側だけで生まれるものではなく、その時代の価値観や、まわりの人との関係性によって意味が変わります。自分では「こんなことを言ったら弱いと思われる」と感じていることでも、別の環境から見ると、むしろ当然の違和感や、必要な自己防衛であることもあります。

たとえば極端な例ですが、ある時代の武士が「切腹すべきだが、勇気が出ない」と口にしたとします。同じ時代の価値観の中では、それは弱音として受け取られたかもしれません。しかし現代の感覚から見れば、「そもそも切腹を求められる状況の方がおかしい」と感じる人の方が多いはずです。つまり、弱音に見えるものの中には、その時代の当たり前に対する違和感が含まれていることがあります。

だから、弱音を考えるときには、「この人は弱いのか」だけではなく、「なぜそれが弱音として見えてしまうのか」という視点も必要です。弱音は、個人の気持ちであると同時に、社会の価値観を映す鏡でもあります。そう考えると、弱音をかわいく表現することは、単にしんどさをやわらげるだけでなく、「弱音」とされてきた感情をもう一度見直す行為にもなり得るのではないでしょうか。

ありのままの状態で参加できるコミュニケーションとは

「いつも前向きで、整理された言葉を持っていて、自分の考えをちゃんと説明できる人だけが参加できる場は、少し窮屈です。本当は、疲れている人も、うまく話せない人も、気持ちがまとまっていない人も、その状態のまま関われる方がいい。

インクルーシブなコミュニケーションとは、声の大きい人や、言葉の強い人だけが参加できるものではなく、言葉にしづらい状態の人も含めて、関われる余白をつくることではないでしょうか。そのためには、正しい言葉だけでは足りません。論理的に説明することや、前向きに言い換えることだけでも足りません。未整理な感情を、未整理なまま受け止めるための表現が必要になります。

その手がかりとしての「かわいい」

そこで、この企画では「かわいい」に注目します。かわいいは、単に甘い、幼い、愛らしいという見た目の話だけではありません。不完全さ、やわらかさ、少し頼りなさ、そばに置いておきたくなる感覚も含んでいます。完璧ではないもの。少し不器用なもの。ちゃんとしていないけれど、どこか憎めないもの。そうした存在に対して、私たちは「かわいい」と感じることがあります。

だからこそ、かわいい表現は、弱音や不完全さを否定せずに受け止める器になり得るのではないでしょうか。強いメッセージや正しい言葉では拾いきれない感情を、かわいい表現なら、少しやわらかく外に出せるかもしれません。それは、弱さを隠すための装飾ではなく、弱さをそのまま人に渡しやすくするための形でもあります。

時代の気分としての「かわいい」

情報が多く、常に判断や反応を求められる時代に、私たちはどこかで安心できるものを求めています。SNSでは、自分の考えや気持ちを言葉にして発信することが当たり前になりました。一方で、強い意見を持つこと、前向きでいること、反応し続けることに疲れてしまう感覚も広がっています。

SHIBUYA109 lab.の「Z世代のアテンション・デトックスに関する調査」では、15〜24歳の62.2%が「スマホ疲れを感じている」と回答しています。さらに、スマホ疲れを感じている人のうち79.3%が、その一番の要因はSNSだと考えており、67.6%が「SNSの利用時間を減らしたい」と回答しています。

この数字からも、若い世代が単に情報を楽しんでいるだけではなく、常に反応し、比較し、発信し続けることに疲れを感じている様子がうかがえます。だからこそ、強い言葉で主張するのではなく、少し距離を取りながら、自分の状態をやわらかく表せる表現が求められているのではないでしょうか。

こども家庭庁の調査では、日本のこども・若者は諸外国と比べて、自己肯定感や将来への前向きな見通しが低い傾向にあることが示されています。また、内閣府の孤独・孤立に関する調査からも、人とのつながりをどうつくるかは、個人だけでなく社会全体の課題として捉えられています。

そうした状況の中で、Y2K、平成レトロ、ぬい活といったカルチャーが支持されていることは、単なる流行としてだけではなく、今の価値観の変化として捉えられるのではないでしょうか。

Y2Kや平成レトロには、どこか懐かしく、手ざわりのある安心感があります。かつて誰かが大切にしていたもの、少し前の時代の空気、完璧ではないけれど愛着のあるビジュアル。それらは、若い世代にとって、懐かしいものであると同時に、新しい自己表現の素材にもなっています。過去のカルチャーをそのまま再現するのではなく、今の感覚で選び直し、自分たちなりに編集している。その軽やかさも、今のかわいい表現の特徴だと思います。

また、ぬい活のように、かわいいものを持ち歩いたり、そばに置いたりする行為は、自分の好きなものを強く主張するためだけのものではありません。むしろ、さりげなく自分の気分を表したり、安心できる存在を身近に置いたりする行為に近いのだと思います。かわいいものは、自分の状態を直接言葉にしなくても、少しだけ外に出すための媒介になります。

つまり、今求められている「かわいい」は、単なる装飾や消費トレンドではありません。強く言い切らなくてもいい。完璧でなくてもいい。少し不完全で、やわらかく、誰かにそっと見せられる。そうした時代の気分を受け止める表現として、かわいいは機能しはじめているのではないでしょうか。

この企画で考えたいのは、まさにその可能性です。弱音を無理にポジティブへ変換するのではなく、弱音のまま、少しだけ人に渡しやすくする。かわいいは、そのためのコミュニケーションデザインになり得るのではないかと考えています。

かわいいを愛でることは、自分を整える行為でもある

ぬいぐるみ、キーホルダー、ステッカー、キャラクターグッズ。かわいいものを持つことは、単なる装飾ではありません。自分の状態を少し落ち着かせたり、気分を表したり、安心できるものをそばに置いたりする行為でもあります。

SHIBUYA109 lab.の「Z世代のぬい活に関する実態調査」では、15〜24歳女性507名を対象とした調査では、8割以上がぬい活を経験していることが示されています。具体的には、「バッグにつける」が59.4%、「日常的に持ち歩いたり、お出かけしたりする」が39.4%、「モノや景色と一緒に写真撮影する」が37.9%という結果でした。

さらに、70.3%がぬいを持つことについて「お守りを所持しているような感覚」に当てはまると回答しています。この結果からも、ぬいぐるみは単なる装飾や推し活グッズにとどまらず、安心感を得たり、自分の気分を整えたりする存在として受け止められていることがわかります。

SNS上で整えられた自分を見せるだけではなく、もっと触感のある、リアルなものを求める感覚。言葉にする前に、手元に置くことで少し気持ちが整う感覚。かわいいものは、今の自分をそのまま受け止めるための小さな拠点になるのかもしれません。それは、何かを大きく変えるための表現ではなく、日々の中で自分を少し保つための表現でもあります。

弱音をかわいくするというデザインの仮説

弱音をかわいくする、というと、少し軽く聞こえるかもしれません。でも、この企画で考えたいのは、弱音を無理に前向きに変えることではありません。しんどさを消すことでも、笑い飛ばすことでもありません。そのままでは出しづらい感情に、少しやわらかい形を与えること。言葉にしづらい弱音や不完全さを、かわいい表現によって共有可能なコミュニケーションへ変換すること。さらに、自分が弱音だと思っている感情を少し外側から眺め、「これは本当に弱音なのか」「ただ、その場の価値観に合わないだけではないか」と捉え直すきっかけをつくること。

たとえば、うまく言葉にできない疲れや、誰かに説明するほどではない不調、なんとなく人と距離を置きたい気分。そうした曖昧な状態を、キャラクターやグラフィック、短い言葉、身につけられる小さなアイテムとして表現できれば、弱音は少しだけ共有しやすくなるかもしれません。

大切なのは、弱音を正確に説明することではなく、「今はこういう状態かもしれない」と、やわらかく伝えられる余白をつくることです。それは、弱音を隠すための表現ではありません。弱音を、少しだけ人に渡しやすくするための形です。時代が強い発信やわかりやすい前向きさだけでは受け止めきれなくなっているからこそ、かわいいというやわらかい形式に、あらためて意味が生まれているのではないでしょうか。これが、この企画におけるデザインの仮説です。

求められているのは、正しさよりも共感と連帯

弱音は、必ずしも正確に説明できなくてもいいのだと思います。「なぜしんどいのか」をきれいに説明できなくてもいい。「どうしてほしいのか」を明確に言えなくてもいい。「わかる」「自分もそういう日がある」と感じられるだけで、少し楽になることがあります。

必要なのは、正しい言葉で解決することだけではありません。ありのままの状態で、ゆるくつながれること。弱音を重く受け止めすぎず、でもなかったことにもせず、そっと共有できること。かわいい表現は、そのためのクッションになれるのではないでしょうか。そしてそのクッションは、個人の気持ちを守るだけでなく、同じような弱音を抱える人同士が「自分だけではない」と感じるための、小さな連帯のきっかけにもなります。

弱音を共有するための形をデザインする

では、弱音をかわいく共有するためには、どんなキャラクターやグッズ、言葉、ふるまいが必要なのでしょうか。うまく言葉にできない人も、ありのままの状態で参加できるコミュニケーションは、どうすればつくれるのでしょうか。

この企画では、弱音を無理に前向きに変えるのではなく、弱音のまま、少しだけ外に出しやすくする形を探っていきます。その背景には、Y2Kや平成レトロ、ぬい活に見られるような、懐かしさ、触感、安心感、さりげない自己表現を求める時代の流れがあります。次回は、そんな「ちょっと無理」な気持ちが、どんなキャラクターやグッズ、言葉、ビジュアルになるのかを考えてみます。

出典:

・こども家庭庁「我が国と諸外国のこどもと若者の意識に関する調査(令和5年度)」
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/d0d674d3-bf0a-4552-847c-e9af2c596d4e/3b48b9f7/20240620_policies_kodomo-research_02.pdf

・ 内閣府「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年実施)」
https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/zenkokuchousa/r6.html

・日本財団「18歳意識調査 第62回 国や社会に対する意識」
https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2024/20240403-100595.html

・SHIBUYA109 lab.「Z世代のアテンション・デトックスに関する調査」
https://www.shibuya109.co.jp/shibuya109lab/reports/20260312/

・SHIBUYA109 lab.「Z世代が選ぶ2026年注目トレンド SHIBUYA109 lab.トレンド予測2026」
https://www.shibuya109.co.jp/shibuya109lab/reports/shibuya109-lab-%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BA%88%E6%B8%AC2026/

・SHIBUYA109 lab.「Z世代のぬい活に関する実態調査」
https://www.shibuya109.co.jp/shibuya109lab/reports/250225/