大学×地域×クリエイティブ×広報/PRで描く、新しいエリアブランディングのかたち。【前篇】

少子高齢化や人口流出、経済停滞など、日本の地方がさまざまな課題に直面している中、エンビジョンは、ブランディング×クリエイティブの力で地方の課題解決に貢献したいと考えています。今回の対談にご登場いただくのは、そんなエンビジョンが今後コラボレーションしていきたいお二人です。富山大学で地域連携戦略に取り組む嶋尾氏と、日本の地方の魅力を、広報/PRとマーケティング観点で国内外に発信している野田氏。お二人は今、どんな課題意識を持っているのでしょうか。

◼︎後篇はこちら

独立独歩のワークスタイルで、「地方」にたどり着くまで。

藤巻
私どもエンビジョンは、ブランディング×クリエイティブの力で地域の課題解決に貢献したいというビジョンを持っています。ですから、富山大学で地域連携に取り組んでおられる嶋尾さんや、広報/PR観点で日本の地方の魅力を国内外に発信しておられる野田さんとは、ぜひ今後コラボレーションさせていただきたくて、今日の対談を企画したのもそういう理由からなんです。お二人にはワーキングマザーという共通点もありますが、まずはお二人が今の働き方にたどり着かれた経緯からお伺いできますか？

嶋尾氏
私はもともと文化人類学の研究者で、ラオス古典音楽の歴史を探究しながら、水道も電気もないような村々をフィールドワークする生活を送っていました。その後、結婚して年子を授かり、2年ほど経ったタイミングで、研究者としてのキャリアはいったん休止し、専業主婦になったんです。子育てに追われる中で、この先の自分のキャリアをどうすべきかと考えてたどり着いたのが、「研究で使っていた心理学や異文化理解の思考法を、企業研修に生かす」というアイデアでした。そこから38歳にして初めてある企業の社員になり、ビジネスの世界でキャリアをスタートさせたわけです。その後、人事コンサル部門を有する外資系コンサルティング会社でも働きましたが、休みもなく毎日夜中まで働く生活に限界を感じ、独立しました。そして個人事業でコンサルタント業を営んでいたところ、富山大学とのご縁を得たんです。今は家族と離れて富山に単身赴任しながら、地域の課題解決に挑む人材の育成支援を行っています。

藤巻
なんという非線形のキャリア！（笑）。野田さんはいかがですか？

野田氏
私は10代の頃から旅行・観光に関わる仕事を志していました。旅好きな両親のもと、よく旅行やドライブに出かける環境で育ち、海外出張の多かった父は、いろいろな国からのお土産を持ち帰ってくれたり、海外の仕事関係者をよく自宅に連れてきたりもしていました。そんな経験が大きく影響したと思います。
新卒で鉄道会社の旅行部門に就職しましたが、次第に海外で働きたい思いが強くなり、3年半で退職して渡米。インターンシップ研修を経て後半はワシントンD.C.の航空会社で働きました。アメリカ式のキャリア観に触れ、「自分は何の領域で専門性を築きたいか」と深く考えるようになり、帰国後はマーケティングや広報/PRの分野へ。そして、もともと好きだった旅行・観光業界で、マーケティングや広報/PRとテクノロジーを掛け合わせた仕事をしたいと思い、35歳で独立しました。

藤巻
なるほど、そういった想いが現在のお仕事につながっているんですね。

嶋尾氏
その時その時で興味の範囲を広げながらキャリアを積んでこられた姿勢に、とても共感してしまいます。私もどこかに所属するよりも、自分のいたい場所に身を置いてパラレルキャリアを作っていきたくて、さまざまなご縁をつないでいくことを意図して過ごしてきました。そもそも就職氷河期世代なので、あまり社会に期待していなくて、やりたいことをやるには自分が自律的に動くしかないと思っていたところはあるかもしれません。大事なのは自分の欲求を知ることですね。自分の根源が求めているものに出会った時って、感情が大きく動くはずなんです。ですから「自分のやりたいことがわからない」という学生には、「まず自分の感情が動く瞬間を見つけて」と言っています。

真田
「自分を知る」というその第一歩が、「自分自身が何にときめくのかを知る」ということなんですね。

野田氏
本当にそうだと思います。私の場合、20〜30代は海外にばかり関心が向いていましたが、子どもが生まれ、年齢を重ねるにつれて、改めて日本の素晴らしさを実感するようになりました。海外と関わる仕事をしながら「キャリアの後半は日本そのものに目を向けたい」と思うようになったんです。
さまざまなご縁もいただき、まだインバウンドビジネスが黎明期だった2014年から、訪日旅行向けのマーケティング支援事業を始めました。そして約10年にわたる経験とネットワークを元に、2024年に新規事業をスタートしました。今後はこの取り組みを基盤に、より多くの地方の皆さまの海外向け情報発信に少しでも貢献したいと考えています。

ウチとソトが互いに越境しながら混じり合う、
新たな共同事業体を求めて。

藤巻
普段お二人が地域で目にする場面で、「もったいない」と感じるのはどんなところですか？

嶋尾氏
これは富山に限った話ではありませんが、地域にいる当事者の皆さんは「こんな田舎、いいところ何もないよ」とおっしゃるんですね。でも自分のいる環境の魅力って、越境して外の世界を知って初めて客観視できるものだと思うんです。

真田
実際のところ、いいところはないとは言いつつも、現状にさほど危機感を持ってもいない、という方は多そうです。だから率先して現状を変えようという動きが起きにくいのかもしれませんね。

野田氏
少し前になりますが、ある地方の温泉地で、地域の将来を見据えてインバウンド誘致に取り組む若女将との出会いがありました。お話を伺うと、地元は主要な農産物で十分に潤っており、エリアとしての危機感を共有しづらいのが悩みだと。そのため事業者間で横の連携も生まれにくく「まずは自分の宿から動いてみることにした」と話してくださいました。
2017年から全国で活動しているDMO（観光地域づくり法人）は、地域が連携して観光を育てる重要な仕組みです。一方公共性の高さゆえに、公平性の配慮や意思決定の難しさも伴うと聞きます。地域に合ったスピード感や柔軟性をどう両立させるか——その答えは一つではなく、土地ごとに異なりますよね。だからこそ、それぞれの事情や想いに丁寧に向き合いながら、時間をかけて入り込んでいく姿勢が大切だと感じます。

嶋尾氏
その地域で腰を据えてハブになってくれる人がいると強いんですが、そこが自治体頼みになると、担当者も2〜3年で変わってしまうので、むずかしいですよね。

藤巻
先日お話を伺った京都府宮津市の飯尾醸造さんなどは、自ら率先して町のウチとソトを混ぜ合わせる媒介役になられていて、さらにいろんな土地の地域プロデューサー同士がつながる仕組みも推進されていました。（詳細はこちら）

嶋尾氏
素晴らしいですね。たとえば地域の未来を考えるコンソーシアム（共同事業体）を立ち上げ、そこにエンビジョンさんのような外部のクリエイティブ人材も加わって、地域ブランドを考えるスクール事業を始めてみると面白いのではないでしょうか。そうやって関わりを深めていくうちに、エンビジョンさんが地方にサテライトオフィスを持つようになればさらに面白いですよね。私と富山のつながりもまさにそんな感じで、2年前に半年だけ住んでみて、もっと深く関わりたいと思ったことが、今につながっています。文化人類学出身なので、まずはフィールドワークしないと始まらない、と思うんですよね。

藤巻
エンビジョンのサテライトオフィス構想、いいですね！（笑）。そして地域の方々と一緒にスクールや研修事業を立ち上げるのも非常に面白いと思います。地元の名士の方々に、毎月入れ替わりで地域の魅力を語ってもらう研修など主宰してみたいですね。実際にその土地でリアルな時間を過ごすことで、より正しく地域を理解できますし、現地在住のクリエイターとのつながりもつくりやすくなります。大都市のオフィスにばかりいては、そういったリアリティを持ちづらいですよね。

人材を育てる仕組みを、地方にもっと。

藤巻
ウチとソトが混じり合いながら、未来につながる化学反応を起こしている事例として、何か注目されている動きはありますか？

嶋尾氏
今、南砺市井波で活動されているジソウラボというまちづくり団体がありますが、これは富山大学の地域連携戦略室の先生が立ち上げた、「なんと未来創造塾」で学んだ地元事業者が中心になっています。ここは「つくる人をつくる」と言うビジョンを掲げて、井波自体が「人材輩出地域」となるべく、外からやってくる人材の支援も行っているんです。これも魅力的ですよね。

野田氏
一例ですが、今年1月、東京都の女性起業家支援プログラムでシンガポールを訪れた際、国全体がいかに効率的に動いているかを肌で感じました。人材育成の仕組みひとつを取っても、優秀な若者が海外で学び、その後一定期間国内で勤務するなど「再び海外に行ってしまわない」仕組みが整えられているそうです。グローバルな経験を自国に確実に還元する流れが出来ているんですね。早くから人を育て、力を国内で循環させる——その合理性は、さすがだなと感じました。
「ウチとソト」が混じり合い「人材を育てる仕組み」は、本当に重要だと思います。

嶋尾氏
一度外に出て学んできた人は揉まれ方も胆力も違いますよね。私も地方の大学にいるからこそ、学生には「とにかくみんな一度外に出ておいで、そしてスキルを身につけて帰っておいで」と思います。その一方で、大学としてやらなくてはいけないのは「戻ってきてくれる仕組みの提供」です。

藤巻
県外あるいは国外に出て、外から自分のいた地域を見ることで、その素晴らしさを実感できるとともに、違った視点から課題や可能性も見えてくるでしょうね。

嶋尾氏
はい。その一方で、外から来た「よそ者」が地域の歴史や文脈を掘り起こして編み直すのも面白いと思います。それこそ吉本興業の「住みます芸人」みたいに、そこに企業が関わる余地もあると思うんです。

真田
外からの視点が入って初めて、地域の人がその価値に気づくことは少なくありません。私の地元でも実際、私からすれば何もないと思っていた場所が、観光客の目には新鮮に映ったようで、SNSで話題となり観光地化した例があります。

藤巻
地域にはまだまだ発掘できる魅力的な資源がたくさん眠っていそうですね。後半はエンビジョンが考えているエリアブランディングの構想もお話しさせていただきたいので、どうぞよろしくお願いします。

◼︎後篇につづく