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2026/07/10
「腹落ち」は、誰にも与えられない —— 経営者にできる、たった一つのこと|いのうえの思考 #04
ブログ

こんにちは、エンビジョン代表の井上です。
理念を何度も語る。バリューの勉強会もやる。MVVをスライドに書いて、全社で唱和する。
それでも、月曜日の現場は、何も変わっていない。
これ、経営をやっている人なら、一度はぶち当たったことがあるんじゃないでしょうか。僕はしょっちゅうです(笑)。「伝わってるはずなのに、なんで動かへんのやろ」と。
うちはブランディングの会社なので、クライアントの理念浸透もお手伝いします。だからよくわかるんですけど、これは本当に、世の中の経営者が共通して抱えている悩みなんですよね。
今日は、この「考え方を伝えても、行動が変わらない」という、ありふれていて、でも一番やっかいな問題について、僕なりに考えていることを書いてみます。
Contents
「知っている」と「腹落ちしている」は、まったくの別もの
まず、僕の中ではっきりしてきたことがあります。
それは、「知っている」「理解している」と、「行動につながる理解」は、まったくの別ものだ、ということです。
正しい考え方を、表面的に知った。たぶん頭でもわかっている。でも、その理解の深さが足りないから、結局なにも行動が変わらない。このパターンに、僕は何度もぶつかってきました。
おもしろいのが、これって昔からちゃんと言葉になっているんですよね。王陽明という中国・明代の思想家が説いた「知行合一(ちこうごういつ)」という考え方があります。よくビジネス書では「知ったことをすぐ行動に移せ」みたいに紹介されますけど、本来の意味はもっと深くて、「知って行わないのは、まだ本当には知っていないのと同じだ」というものなんです。
つまり、行動に表れていない時点で、それは「知っている」ことにすらなっていない、と。なかなか厳しい(笑)。でも僕は、これがすごく腑に落ちるんです。
世の中では「理念を伝えれば、人は動く」と、わりと無邪気に信じられているように思います。研修をやる、ワークショップをやる、トップが熱く語る。やれば伝わると。でも、本当にそうでしょうか。僕は、伝えることと、相手が腹落ちすることのあいだには、ものすごく深い谷があると思っています。
「腹落ち」は、外から与えられない
じゃあ、その谷をどう越えるのか。「腹落ち」って、いったいなんなんでしょう。
僕自身の話をします。僕にもいくつか「あ、いま本当に腹落ちしたわ」という経験があるんですが、一番大きかったのは、代表に就任したときです。
当時、会社の経営状態は、お世辞にも良いとは言えませんでした。甘ったれたことを言ってられない。トップとしての責任感もある。だから、逃げずに向き合い続けるしかなかった。あの時間が、僕にとっては決定的でした。
稲盛和夫さんの言葉に、「潜在意識にまで透徹する強い持続した願望をもつ」というものがあります。寝ても覚めても繰り返し考え抜くと、それが潜在意識にまでしみ通っていく、という教えです。僕の経験で言うと、衝撃的な出来事があると、この「透徹」が起きやすい。危機が、人を本気にさせるんですね。
ここで大事なことに気づきます。僕が腹落ちしたのは、誰かが上手に説明してくれたからではありません。自分が、責任を引き受けて、考え抜いたからです。
だから僕は思うんです。腹落ちは、誰かが与えてくれるものじゃない。結局は、自分でするものだ、と。
これは、理念浸透を考えるうえで、けっこう残酷な事実です。だって、いくら経営者が立派な理念を掲げても、いくら浸透施策を続けても、それだけでは社員の腹落ちは「起こせない」ということになるからです。
実際、みんな「結果を出したい」「成果を上げたい」と言います。でも、同じフレーズでも、その言葉の深さは人によって全然違う。覚悟の量が違うんです。そして覚悟は、外から注入できない。
それでも、経営者にできることがある —— 腹落ちの「3つの入り口」
「腹落ちは本人次第。経営者にはどうにもできない」。
……と、ここで終わってしまうと、ただの精神論ですよね。それに、これだと「だから理念なんて意味ない」という乱暴な結論にもつながりかねない。僕が言いたいのは、まったく逆です。
腹落ちそのものは起こせない。でも、腹落ちが起きやすい「入り口」を、経営者は設計できる。僕は、その入り口は3つあると思っています。
1つ目は、「衝撃」です。
さっきの僕の就任時の話がそうです。危機や転機は、人を深いところまで連れていく。とはいえ、平時の会社で、わざと危機を起こすわけにはいきません(笑)。なので、これは設計するというより「起きたときに逃さない」ものかもしれません。
2つ目は、「考え続けること」です。
稲盛さんが言うように、考え抜くことでも透徹は起こせます。ただ、ここがポイントなんですが、人が考え続けられるためには、矛盾があってはいけない。「パーパスではこう言ってるのに、評価制度は真逆のことを求めてくる」みたいな状態だと、人は考えるのをやめてしまう。
だから、理念やありたい姿を、評価・人事・予算・日々のコミュニケーションといった、あらゆる経営領域に一貫性をもって落とし込むことが要る。一貫しているからこそ、人は安心して考え続けられて、やがて腹落ちにたどり着く。
3つ目が、僕が一番おもしろいと思っているやつです。「行動が先、腹落ちが後」。
ふつう僕たちは「理解してから行動する」と思っています。でも、よく考えると逆のルートもあるんですよね。まず行動してみて、その行動から腹落ちを得る。やってみて初めて「あ、こういうことか」とわかる。
これ、組織論の世界ではカール・ワイクという学者の「センスメイキング」という考え方が近いです。意味というのは、行動する前に整っているわけじゃなくて、動いたあとに、後付けで編まれていく、というものです。
だとすると、経営者がやるべきことの一つは、はっきりしています。「腹落ちしてから動け」と待つのではなく、まず行動してもらえる仕組みや制度をつくる」こと。動いてもらえれば、そこから腹落ちが生まれる余地ができる。順番が、僕らの直感とは逆なんです。
結局、僕たちはコミュニケーションと戦っている
ここまで整理すると、見えてくることがあります。
理念だけでは、人は動かない。浸透施策を続けるだけでも、動かない。仕組みや制度をつくっただけでも、動かない。
腹落ちしてもらうには、理念も、仕組みも、制度も、そして伝え方も、ありとあらゆるものを総動員して、一貫性をもって揃えていくしかない。しかも、どれだけ良い仕組みをつくっても、それが従業員に伝わらなければ意味がない。
つまり、最後はぜんぶ、コミュニケーションに行き着くんです。
僕たちは経営の現場で、ずっとこの「伝わらなさ」と格闘し続けている。ちょっと大げさに言えば、人類はずっと、コミュニケーションと戦い続けているのかもしれないな、と。会社というのは、その戦いの最前線みたいな場所なんだと思います。
ここで、僕が大事にしているクリエイティブや、広い意味での「デザイン」の話につながります。
デザインって、見た目をかっこよくすることだと思われがちですよね。でも僕は、もっと広く、「伝わる」をつくるコミュニケーションの手法そのものだと捉えています。企業が大切にしている価値や意志を、相手にちゃんと届くかたちに翻訳していく営み。だとすると、ずっとコミュニケーションと戦っている経営にとって、デザインやクリエイティブの思考回路は、本当はど真ん中に効くはずなんです。
だから僕は、そういう思考回路を持った人を、できるだけ経営チームの近くに置いたほうがいいと思っています。クリエイターやデザイナーを、制作の下流じゃなく、意思決定の上流に。もちろん、社内にいなければ外部を頼ってもらってもいいわけですが(笑)。
これ、実は国も言っているんです。2018年に経済産業省と特許庁が出した「デザイン経営」宣言というのがあって、その必要条件として、1つ目に「経営チームにデザイン責任者がいること」、2つ目に「事業戦略の最上流からデザインが関与すること」の2つが挙げられている。一時期わりと流行った言葉ですけど、中身は要するに、ここまで僕が書いてきたことなんですよね。
うちが「ブランディングは広告の手段ではなく、全社変革活動だ」と言い続けているのも、同じことです。ロゴやスローガンをつくって終わり、では人は腹落ちしない。理念を、経営のあらゆる領域に、一貫性をもって、地道に接着させていく。その全部が「ブランディング」であり、「デザイン」なんだと、僕は思っています。
腹落ちは、誰にも与えられない。でも、腹落ちが起きやすい場は、つくれる。
そんなに難しいことでも、特別なスキルがいることでもありません。要は、覚悟をもって、逃げずに、一貫性をもって向き合い続けるか。本当はそれだけの、シンプルな話なのかもしれません。
……と書きながら、これを自分の会社でちゃんとやり切れているか、僕も問われているわけですが(笑)。みなさんの現場では、どうでしょうか。
ライター紹介

井上大輔
エンビジョン代表取締役
2017年、前身となるクリエイティブプロダクションの代表取締役就任、翌年MBOし独立。クリエイティブが担う領域でポジティブな未来を実現させるべくenvisionのパーパス、ナラティブをリードする。envisionと同様のパーパスを掲げる企業・個人が増えることで、社会が、日本が前進すると考えている。