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2026/08/21
VO2maxが70から50に落ちて、僕は「全力」を疑い始めた|いのうえの思考 #07
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最近、僕は運動を再開しました。
きっかけは、正直に言うと、身体がボロボロになってきたからです。最初のサインは、肩こりと、睡眠の質の低下でした。
不調が出はじめたとき、僕はいろいろな手を打ちました。整体に行き、マッサージグッズを買い、低周波の治療器を試し、高周波のやつも試し、リカバリーウェアを着て寝て、入浴剤にもこだわって……。そうして最後にたどり着いたのが、分割キーボードでした(笑)。
ご存じですか、分割キーボード。キーボードが真ん中でパカッと2つに割れていて、肩を開いた自然な姿勢で打てる、ちょっと変態的なガジェットです。これがね、実際すごくいい。肩こりの人には本気でおすすめします。
ただ、正直に言うと——これらが「対処療法」でしかないことは、最初から分かっていました。
本当は、運動をして身体を根本から立て直すのが一番いい。そんなことは百も承知だったんです。僕は昔から、上辺だけの解決策が出てくると「それって根本的な解決じゃないから、意味なくないですか?」と思ってしまう、かわいげのない性分ですから(笑)。
それでも運動に戻らなかったのは、単純に、優先順位の問題でした。経営者として会社にフルコミットすることを、何よりも上に置いていた。だから、根本だと分かっている運動を後回しにして、対処療法で今をしのいでいたんです。
Contents
なぜ、僕は運動をやめてしまったのか
そもそも、僕はもともと運動をしていました。シクロクロスという自転車競技のレースにも出ていて、それなりに本気でトレーニングしていたんです。
それがなぜ、ぱったりやめてしまったのか。振り返ると、理由は2つあります。
1つ目は、レースへのモチベーションを失ったこと。「もうレースはいいかな」と思った瞬間、目標がなくなって、トレーニングを続ける理由も一緒に消えてしまいました。
2つ目が、今日いちばん話したいことです。「経営者たるもの、自分の会社にフルコミットして、全力で、休まず、率先垂範すべきだ」という考えに、僕自身が飲み込まれていったんですね。
ちょうど会社の立て直しが必要な時期で、僕は「今は仕事に全振りだ、運動なんてしている場合じゃない」と、本気でそう思っていました。もともとそれなりに全力でやっていた人間が、「経営者は休むな」という教えを真面目に受け取ると、どうなるか。「え、自分はまだ足りないのか」と、さらに自分を追い込む。こうして、運動習慣を手放した僕が誕生しました。
結果どうなったか。心身ともにボロボロです。睡眠の質は落ち、さっきの肩こり。そして——2019年ごろには70を超えていた僕のVO2maxは、2年サボったすえに、50まで落ちていました。
VO2maxというのは、身体がどれだけ酸素を取り込んで使えるか、いわば心肺のスタミナを示す指標です。最近は経営者やビジネスパーソンのあいだでも、健康やパフォーマンスの物差しとして注目されていますよね。70から50。数字で見ると、自分が2年間で何を失ったのかが、いやというほどはっきりします。
「全力で走ってるときほど、根本に手を出す余裕はない」は本当か
ここで、立ち止まって考えたいんです。
僕は「仕事に全力コミットしてるんだから、運動なんて根本的なことをやってる暇はない」と思っていました。でも、これって本当だったんでしょうか。
答えは、はっきり「ノー」でした。
さっき書いたとおり、僕は整体もリカバリーウェアも分割キーボードも、これらが対処療法だと最初から分かっていました。分かっていて、根本を後回しにしていた。なぜかというと、「全力で仕事している自分には、その時間がない」と思い込んでいたからです。
ところが、実際に運動を再開してみたら、どうだったか。今も僕は仕事に全力でコミットしています。でも、運動する時間はちゃんとある。動き方や時間の使い方を少し変えただけで、「時間が足りない」なんてことはなかったんです。
つまり、「時間がない」は、根本から逃げるための言い訳だった。これが、僕にとって一番の発見でした。
そして、これは身体だけの話じゃないですよね。経営もまったく同じだと思います。多くの会社は、問題が起きると、つい対処療法——小手先の施策で、目の前の症状を抑えにいってしまう。「体質から変える時間なんてない、今は火消しで精一杯だ」と言いながら。
でも本当は、やり方を変えれば、根本に取り組む時間はある。「時間がない」で根本を先送りしているうちに、会社はじわじわ削れていくんです。
僕たちエンビジョンが普段クライアントに提案しているのも、いつもこの”根本”のほうです。それでも現場では、どうしても対処療法に手が伸びやすい。人の身体と同じで、会社も、根っこから変えるほうが結局は近道なんだと思います。
正しい教えほど、受け取り方が難しい
ここで、どうしても補足させてください。
さっき「経営者は休むな、という考えに飲み込まれた」と書きました。これは、僕が盛和塾で学んだ稲盛和夫さんの教えに通じる話です。
ただ——誤解してほしくないのは、僕は京セラフィロソフィが心から好きで、大切にしているということです。78項目、どれも本当に大事だと思っていますし、世の中の人、とくに僕たち日本人は、全員が改めて学び直すべきだと本気で思っているくらいです。
じゃあ何が問題だったのか。それは教えそのものではなく、僕の受け取り方でした。
稲盛さんの教えには、「誰にも負けない努力をする」「率先垂範する」という言葉があります。こうした教えは、多くの場合、正しい。世の中を見渡すと、正直、仕事にまだ本気で向き合いきれていない人は少なくありません。そういう人にとって、これらの言葉は間違いなく効く薬です。
でも、薬は、飲む人と量を間違えると毒になる。すでに全力で走っている人間が、これらの言葉をさらに真に受けて自分を追い込むと、今度は身体を壊す。教えには、それが効く相手と、文脈があるんですよね。もともとフィロソフィは、特定の相手と場のなかで共有するために生まれたものです。そこを忘れて、自分に都合よく——あるいは真面目すぎるかたちで——受け取ってしまうと、同じ言葉が逆に作用してしまう。
これは、あらゆる「正しい教え」に言えることかもしれません。正しさは、いつも受け手の文脈とセットなんだと思います。
再開して、何が変わったか
運動を再開して、まだ2ヶ月弱です。VO2maxも、50から52へ——正直、まだたった2ポイントですが(笑)、それでも着実に戻り始めています。そして数字以上に、変化ははっきり感じています。
僕はもともと「フィジカルの向上は、精神の安定剤だ」と言ってきました。その実感が戻ってきたんです。筋力がつくと姿勢が良くなり、疲れにくくなり、そして何より、気持ちが前向きになる。もともとポジティブなほうですが、それがさらにいい方向に振れている感覚があります。
今はスマートウォッチで自分のヘルスケアデータを計測して、それをAIに定期的に分析してもらい、フィードバックをもらっているんですね。すると、たまに「今日は休息日にしてください」と言われる。なのに動いてしまって、AIに怒られることもある(笑)。ちゃんとデータで管理はしているので、ストイックになりすぎないよう、そこだけは気をつけつつ。でも、それくらい身体を動かすことが、僕の毎日の土台になってきました。
AIの時代に、むしろ身体の価値は上がる
これは、いまの時代とも無関係じゃないと思っています。
AIがこれだけ進化して、頭脳労働の多くをAIが担うようになってきました。じゃあ、人間に残る仕事は何か。僕は、経験に裏打ちされた「決断」と、それを「実行」することだと思うんです。
情報を処理することでも、きれいな正解を出すことでもなく、経験をもとに腹をくくって決め、実際に動かす。ここは、まだ人間の領域として残ります。
だとすると——その決断と実行を支えているのは、結局、身体なんですよね。睡眠、姿勢、スタミナ、機嫌。どれも身体から来ている。
「頭さえ良ければいい」という時代は静かに終わりつつあって、「知的労働」や「ホワイトカラー」という言葉の定義そのものが、これから変わっていくんじゃないか。そんな気がしています。
身体は、削っていい”コスト”ではなく、決断と実行を支えるいちばんの土台だった。当たり前のことなのに、僕は2年かけて、遠回りして学び直しました。
僕は結局、「経験」のために生きている
もう1つ、再開してみて腑に落ちたことがあります。
レースという目標を失った瞬間、僕のモチベーションは消えました。じゃあ今、目標もないのに、何が僕を走らせているのか。
僕は趣味がやたらと多くて、自転車、カメラ、ギター、サーフィン、登山、キャンプ、植物、アクアリウム、ゲーム……と、まあ節操がない(笑)。でもこれ、全部「経験」なんです。自分がどこまでやれるのか、その先で何を感じられるのか。得られる経験そのものが目的なんですね。
そう考えると、レースがなくても平気でした。次に得たい経験があれば、それがそのままモチベーションになる。今なら、「2年で50まで落ちたVO2maxを、どこまで戻せるだろう」「昔の70に近づけたら、どんな景色が見えるだろう」——これがもう、立派な目標になっています。
そして、ここからが僕にとって本題なのですが。仕事も、経営も、この「経験」とまったく同じ地平にあります。
僕の人生を構成する要素の1つとして、仕事がある。そこから自分が何を得られるか。ただ、趣味と1つだけ違うのは——趣味が「自分が得られる経験」の話だとしたら、仕事は、自分の経験も得ながら、社会や未来のために何を残せるかまで含んでいることです。
エンビジョンのパーパスは「未来のためにできることをやる。」です。大げさに聞こえるかもしれませんが、僕の中では、VO2maxを戻すことも、会社で新しい何かを生むことも、根っこは同じなんです。自分の経験を積みながら、その先に、社会や未来へ手渡せるものをつくっていく。
遠回りして、学んだこと
結局、この2年で学んだのは、とてもシンプルなことでした。根本から逃げているとき、人はたいてい「時間がない」と言う。でも本当は、時間の問題じゃない。優先順位の問題です。
身体も、経営も、たぶん人生も同じです。対処療法では、本当のところ何もしのげていません。目の前の症状が少しやわらぐだけで、根っこは手つかずのまま。そうやって先送りしているうちに、気づけばVO2maxが20も落ちている。大事なのは、いつだって根本のほうなんです。
だから僕は、また走り始めました。今度は、勝つためでも、誰かに見せるためでもなく——これからも良い決断をして、良い実行をして、その先に何かを残していくために。
ライター紹介

井上大輔
エンビジョン代表取締役
2017年、前身となるクリエイティブプロダクションの代表取締役就任、翌年MBOし独立。クリエイティブが担う領域でポジティブな未来を実現させるべくenvisionのパーパス、ナラティブをリードする。envisionと同様のパーパスを掲げる企業・個人が増えることで、社会が、日本が前進すると考えている。