INSIGHTS
2026/07/03
ビーバーはなぜダムをつくるのか —— 市場に適応しない経営の話|いのうえの思考 #03
ブログ

こんにちは、エンビジョン代表の井上です。
いきなりですが、テキサスの砂漠の地下で、1万年動き続ける時計がつくられているのを、知っていますか。
ロングナウ財団という団体のプロジェクトで、1996年に始まりました。1年に1回だけ針が進み、何百年かに1度だけ鐘が鳴る。つくろうとしている人たちは、当然、その完成形を自分の目で見ることはできません。アマゾンを創業したジェフ・ベゾスが、この時計に45億円ほど出資しているそうです。
最初にこの話を知ったとき、僕は正直「なんやそれ(笑)」と思いました。でも、考えれば考えるほど、これは経営の話だなと思うようになったんです。
今日は、ちょっと変わった角度から経営とブランディングについて考えてみたいと思います。生物学と、1万年時計と、人類学。一見バラバラな3つの話が、最後に一本の線でつながる……はずです。お付き合いください。
「市場に適応する」という、疑われない前提
経営の世界では、わりと当たり前のように「市場を分析して、ニーズに応えて、適応する」と言われますよね。マーケットイン、という言葉もあります。市場という”環境”がまずあって、僕たちはそれに合わせていく、という発想です。
でも、本当にそうでしょうか。市場って、そんなに動かせない、所与のものなんでしょうか。
ここで、僕が最近おもしろいと思っている生物学の理論を紹介させてください。「ニッチ構築理論」というものです。オドリング=スミーという学者らが2003年にまとめたもので、ざっくり言うと、こうです。
生物は、環境にただ適応しているのではない。自ら環境を作り変えている。
たとえばビーバー。彼らは川にダムをつくって、自分たちが暮らしやすい池の環境を、自分でこしらえます。ミミズは土を耕して、自分たちが生きやすい土壌をつくる。生物は、与えられた環境にじっと耐える受け身の存在ではなくて、環境のほうに手を加える、もっと能動的な存在だ、という考え方なんです。
これを経営に持ってくると、なかなか挑発的なことが言えます。市場とは、適応すべき所与の環境ではなく、自分たちで作り変えられる対象なのではないか、と。
「市場のニーズに応える」のではなく、「市場というニーズの形そのものを、つくり変える」。世の中の優れた企業がやってきたのは、実は後者だったんじゃないか。僕はそう思うんです。
なぜ、市場を作り変えられないのか —— 時間の問題
とはいえ、「よし、市場を作り変えよう」と言って、すぐにできるものではありません。なぜか。
僕は、時間軸が短すぎるからだと思っています。
ビーバーのダムも、ミミズの土壌も、一日ではできません。何世代もかけて、少しずつ環境が変わっていく。ところが僕たち企業は、四半期や、せいぜい単年度で物事を考える。その時間の解像度では、環境は動かないんです。短期で動かせるのは、せいぜい既存市場の中での小さなシェアの取り合いくらい。
ここで冒頭の1万年時計に戻ります。
ロングナウ財団が掲げているのは、現代の「より速く、より安く」へのアンチテーゼとしての「より遅く、よりよく」という思想です。100年や1000年ではなく、農耕文明が始まってからの1万年、そしてこれからの1万年というスケールで物事を考えよう、と。彼らは西暦を「2026年」ではなく「02026年」と5桁で書くそうです。桁を1つ増やすだけで、急に時間の感覚が変わりますよね。
環境を作り変えるには、こういう長い時間軸がいる。短期最適化の発想のままでは、僕たちは永遠に「市場に適応する」側から抜け出せない。
そして、ニッチ構築理論には、もう一つ大事な概念があります。「生態的継承」です。ある世代が作り変えた環境は、その世代が滅びたあとも残り、次の世代に受け継がれて、その後の進化を方向づける――というものです。ビーバーがつくったダムは、そのビーバーが死んだあとも、次の世代の、あるいは他の生き物の環境になる。
つまり、いま僕たちが作り変えた市場や文化は、未来の世代が生きる環境として、受け継がれていくということです。
では、何を作り変えてもいいのか —— 贈与か、収奪か
ここまで読んで、勘のいい人はちょっと不安になっているはずです。
「市場を作り変えていい」「環境は次世代に受け継がれる」。……それ、危なくないですか? と。
その通りなんです。ビーバーがダムを作りすぎると、生態系のバランスが壊れることがあります。同じように、企業が市場を作り変えることは、しばしば”環境破壊”になる。たとえばアテンションエコノミー。人々の注意や時間を限界まで奪い合うように設計された、いまのSNSやプラットフォームの一部が、僕にはどうしても「いい環境を遺している」とは思えないんです。
だから、こう問わなければいけない。市場を作り変えていいとして、いったい何を作り変えてはいけないのか。その線引きはどこにあるのか。
ここで、3つ目の話、人類学が登場します。フランスのマルセル・モースという学者が、1923年に『贈与論』という本を書きました。古今東西の社会を調べて、モースはこう言います。贈り物には、「与える」「受け取る」「返す」という3つの義務があり、そのお返しの連鎖(互酬性)が、社会そのものを編み上げているのだ、と。
そして贈与には、おもしろい時間構造が埋め込まれています。「いつか返ってくるだろう」という、未来への信用です。先に与えた人は、すぐには見返りを得ない。でも、その贈与は巡り巡って、いつか返ってくる。
ここまで来ると、線引きが見えてきます。市場という環境の作り変え方には、2種類あるんです。
1つは、収奪型。 相手から注意・時間・お金を奪い、依存させ、循環を断ち切る。一方通行で、返礼がない。
もう1つは、贈与型。 先に価値を与える。受け取った人が、次の誰かに与えたくなる。互酬の循環が起動する。
つまり、市場はつくり変えていい。ただし、収奪の構造ではなく、贈与の循環を遺すなら。これが、僕なりの線引きです。
そして気づいてほしいのは、贈与論の「いつか返ってくる」という時間構造が、さっきの生態的継承——いま遺したものが世代を超えて受け継がれていく——と、ぴたりと重なることです。贈与とは、未来へのニッチ構築なんです。
未来への、贈り物
生物学のニッチ構築、1万年時計のディープタイム、そして人類学の贈与論。バラバラに見えた3つは、結局、同じことを別の言葉で言っていました。
長い時間軸を持って、市場という環境を、贈与の循環が回る形に作り変え、それを未来の世代に遺していく。
……これ、書いていて自分でもびっくりしたんですが、僕たちエンビジョンが掲げている「未来のためにできることをやる。」という言葉の、ほぼ完全な翻訳になっているんですよね。生物学者も、時計を作る人も、人類学者も、まったく違う場所から、同じ山を登っていた。
僕たちが「ブランディングは広告ではなく全社変革活動だ」と言うのも、突き詰めれば「未来の世代が生きる市場や文化という環境を、贈与の循環が回る形に、長い時間をかけて作り変えていく営み」なんだと思います。常識とされる「市場に適応する」という前提を疑い、別の選択肢を描く。これはまさに、僕たちが大事にしているCritical Creativeそのものです。
最後に、問いを置いて終わります。
あなたの会社がいま市場に対してやっていることは、贈り物でしょうか。それとも、奪い合いでしょうか。
そして、それは1万年後とは言わないまでも、100年後の誰かに「遺してくれてありがとう」と言ってもらえるものでしょうか。
僕は、そういう問いを忘れずにいられる会社でありたいなと、1万年時計の話を読みながら、思ったのでした。
ライター紹介

井上大輔
エンビジョン代表取締役
2017年、前身となるクリエイティブプロダクションの代表取締役就任、翌年MBOし独立。クリエイティブが担う領域でポジティブな未来を実現させるべくenvisionのパーパス、ナラティブをリードする。envisionと同様のパーパスを掲げる企業・個人が増えることで、社会が、日本が前進すると考えている。