envisionの種
2026/01/14
地方肢「なぜ地元に愛着を持ち始めたのか?」Vol.1(3回連載)
コラム


肥川 紫乃
Branding Director / Planner
北海道出身。20代で生活拠点を関西に移す。ブランド・マーケティングの会社でプロデューサー兼コミュニケーションプランナーとして様々なプロジェクトに携わる。ブランドと生活者をつなぐコミュニケーション設計と企画づくりが得意。「なるべくフラットに考える」が目標。人と好きなものの話をするのが好きです。
エンビジョンのPROJECT事業として、潜在的な社会課題を自らの目で見つめる活動に参加するにあたって、まず私の頭に思い浮かんだのは地元のことだった。地方にある私の出身地は現在、人口が1万人に満たず、周りの市町村を含めて閉校する学校も多く、学生たちの学びの場がどんどん少なくなっている。私の学生時代にも抱えていた地方の選択肢の少なさが、より顕著になっている、そんな印象がある。
私が学生の頃は「いい大学に行って、いい会社で働く」ことが良しとされていた。けれど、生活圏に大学などがなく、当時はSNSもなかったため(自分がのんびりした性格だったからかもしれないが)、学校を卒業した後のことはすべて薄靄の中だった。進路を考える時に大切なのは、いま社会にある職種や職業、生き方を見つけて理解し、自分の可能性とすり合わせていく行為だと思う。新しい職業を名乗るにしても、具体的にイメージできているほど行動はシンプルになるし、逆にイメージが不十分であれば迷いが生じたりもするだろう。
地元を離れ、社会人になって十数年。後悔というわけではないが、一つの可能性として、都市と地方などさまざまな分断を越え、誰しもがよく未来を描き、よく選択できる豊かな状況をつくることができないか、と考えている。今回の執筆の機会を通じて、その種になるようなものを自分でも見つけていきたい。

「なんで地元に愛着を持ち始めたの?」と問われて
エンビジョンで企画した富山大学地域連携戦略室講師・嶋尾かの子さんと、ブルームーン・マーケティング株式会社代表取締役・野田彩子さんとの対談を行った時のこと。「大学×地域×クリエイティブ×広報」をテーマにした対談で、地域という環境下で講師として、また広報やマーケティングを提供する会社の代表として働くお二人の話を伺い、私が地域、いうなれば地元に提供できる価値は何だろうかと考えを巡らせていた。
対談が終わり、お二人を交えて食事をしながら取材の感想について話し、話題は各々の地元の話になった。私は出身地である北海道について、感じている課題や、それをどうにかしたいと思っていることなどを話した。その時、「地元に愛着を持ち始めたのは何がきっかけだったんですか?」と聞かれ、当たり前に自分が地元に愛着を持っていることに少し驚きつつも、はじめからそうではなかったはずで、いつ、何がきっかけでそう思うようになったのかを紐解いてみることにした。
地元には「何もない」と思っていた
今ならわかる、絶対にそんなことないという回答のひとつ「うちの地元には何もないから」。恥ずかしながら学生の頃は私もそう思っていた。だから高校から地元を離れて都市部の学校に進学したし、大学も関東の学校を選んだ。当時は「もっといろんな人に出会いたい」という想いが一番強かったように思う。そして、通った高校では市内や近隣の市町村の子がほとんどで、出身地を言うと「知らない」「どこそれ?」と無邪気に言われて少し傷ついたりもして、さらに地元コンプレックスが増していった。
風向きが変わり始めたのは大学に入ってからだった。色々な地方出身の子がいて、自己紹介で北海道出身だと話すと「いいな〜!牛乳!チーズ!あずき!」となぜか特産物を言われることが多かったが、それでも北海道と聞いてネガティブなリアクションをする人は一人もいなかった。また、社会人になってさらに色々な年齢と性別の人がいる環境では、北海道を代表するカルチャー『水曜どうでしょう』について言及する人にも出会うようになり、特産物だけではなくカルチャーを好きだと言ってくれる人がいる度に地元を誇らしく思うことが増えていった。
人は環境に慣れる長所があると同時に、慣れた環境に対しては不足しているところを探してしまいがちだ。私の場合は地元への愛着がまさにそうだった。「何もないから」と離れた地元も、一度離れて外から見ることで好きになることがあるのだなと気付いた。自分にとっては当たり前なことも、他の人から見れば特別なことだということは往々にしてある。当たり前すぎて気が付かなかった良さに、さまざまな人からの評価を受け、見方を提供してもらったことで、「何もない」ことも含めて価値なのだと知る。いわば外側からブランディングされていったのだ。
外側からのブランディングという視点で、社内で話題に挙がったものとして、文具メーカーのコクヨの取り組みがある。コクヨは2022年に「ヨコク研究所」という、未来社会のオルタナティブを研究・実践するリサーチ&デザインラボを発足し、それらの活動を『WORKSIGHT』をはじめとしたオウンドメディアや雑誌、ホワイトペーパーなどさまざまな媒体で発信している。一見メイン事業と離れた取り組みだが、コクヨの掲げるパーパスとリンクしており、その活動自体を面白がる関係者やファンなどから熱視線が注がれている。そんな風に、外側の盛り上がりを通じて自分が所属する組織に対して改めて愛着を持つきっかけが生まれたりもするのだろう。
これから見たい景色
現在、私は大阪の会社でブランディングディレクターとして働いている。その前はプロデューサー、またはコミュニケーションプランナーとして、“ブランド”という人の頭の中にあるイメージであり、「らしさ」と呼ばれるものを探し、定義し、なるべく目に見える形で人に伝えることを仕事にしていた。幼少期にも、大学生の時にも、新卒として就活をしていた時にも、社会人として何年か働いていた時にもイメージできていなかった職業であり、働き方だ。日々の積み重ねとさまざまな人との出会いによって偶発的に辿り着いたもので、これまでの道のりは遠回りではあったが無駄なものではない。けれど、たまに思ってしまう。学生時代にもっと色々な景色を見ることができていたら…?
だから私は、地域の教育を変えるとか大きなことは言えないが、小さくても学生の選択肢が豊かに広がるような選択をしていきたい。職種、年齢、性別関係なくさまざまな「はたらくおとな」と直接対話し、何か考えるきっかけを得られるような機会をつくるのもいいかもしれないし、せっかくのPROJECT事業としての機会を活かすことができれば、と日々妄想&リサーチを重ねている。