INSIGHTS

2025/12/11

大学×地域×クリエイティブ×広報/PRで描く、新しいエリアブランディングのかたち。【後篇】

対談記事

地方の可能性を広げるカギは「ウチとソトが混じり合う共同事業体をつくること」「人材を育てる仕組みをつくること」にありそうだという議論をした前篇に続いて、後篇では「地方大学」が持つ可能性に光を当てます。嶋尾氏が現在取り組む大学発の地域連携戦略と、野田氏が推進する地道な広報/PR、そして私たちのブランディング×クリエイティブ。そんな掛け算から、これまでにないユニークなエリアブランディングが形になる日も、そう遠くないかもしれません。

◼︎前篇はこちら

嶋尾かの子 様
富山大学地域連携戦略室 講師

文化人類学研究者から専業主婦を経て、企業の採用ブランディングや人材開発に関わるキャリアコンサルタントに。現在、富山大学の地域連携戦略室の講師として仕事しながら、自ら主宰する組織開発パートナーYour Progressの活動も行う。自治体や民間企業、各種団体と連携した地域振興をめざし、リサーチや企画立案、コーディネートを行っている。日本ブランド経営学会理事。

野田彩子 様
ブルームーン・マーケティング株式会社 代表取締役

学生時代から旅行・観光業界でのキャリアを志し、鉄道会社の旅行部門を経て渡米。現地企業でのインターンを経験して帰国し、旅行業界の予約システムやPRコンサルティング会社等で経験を積む。2010年にブルームーン・マーケティング株式会社を設立。2014年から国内外双方向のコミュニケーション支援に注力し、2024年に外国語メディア向け体験取材のマッチングプラットフォーム「Blue Match(ブルーマッチ)」を展開中。

藤巻功
エンビジョンCOO兼CBO

事業成長を加速させ、人を動かす「クリエイティブのチカラ」を信じているブランディングの専門家。国内大手広告代理店等を経て、インターブランドジャパンにて戦略ディレクターとして、グローバルを含む多様な業界の大規模プロジェクトを多数リード。その後、楽天グループ、KPMGコンサルティングにてブランディング/マーケティング&クリエイティブを統括。envisionでは、社会課題を解決するWoWなブランド・クリエイティブ開発、ブランディングの民主化に邁進する。

真田幸奈
エンビジョンコミュニケーションプランナー

宮崎県出身。大学ではジェンダーとセクシュアリティについて専攻し、2024年に新卒入社。物事を熟考し、文字に起こすことを得意としている。自分の考えや思いをenvisionのクリエイティブに乗せて発信することで、多様性を認め合える世の中になることを目指す。

「大学発の地域連携×本気の広報/PR」で、小手先でないエリアブランディングを。

藤巻
今、私が考えているのは、大学がエリアブランディングのコアセンターになることです。生まれ故郷でなくても、学生時代を過ごしたまちって、その人にとって特別な場所ですから、「戻りたい理由」が作りやすいのではないかと思うのです。今、大学に OB・OGをつなぐ仕組みはないんでしょうか?

嶋尾氏
今、大学がオーガナイズできているのは同窓会のみで、後は広報誌をOB・OGに送るぐらいです。でも地域連携の観点からすると、OB・OGも関係人口ですから、もっと大学側が仕掛けられることはありそうですね。

野田氏
いったん就職などで地元を離れた学生が、様々な経験を積んでから戻ってきてくれると、若い視点で課題もよりクリアに見えてとてもいいですね。

嶋尾氏
「こんな環境なら子育てしながら仕事しやすそう」とか「東京で起業するよりこっちの方が面白いかも」と思ってもらえるきっかけをどれだけ増やせるか、ですね。富山も市ごとに子育て支援や創業支援をやっているんですが、興味を持って検索している人だけではなく、潜在的に興味がある人にどうやって情報を届けられるか。そこが問われていると思います。

藤巻
そこで、メディアが果たす役割は大きいですよね。ただ、そうした「世論形成」や「正しい理解の土壌づくり」を戦略的に支えられる報道や発信の現場もまだ多くないのではと感じます。そのあたりを野田さんはどうお考えですか?

野田氏
対象となるお客様の状況や、その業界を取り巻く環境によって、最適なアプローチは異なります。私たちも日々、試行錯誤の連続です。
例えば、まだ日本ではなじみのないソリューションが海外から上陸する際などは、「新しい概念や視点」をどう伝えるかが重要になります。いきなり一方的に情報を発信するのではなく、まず業界メディアの皆さまを対象に少人数で勉強会(ラウンドテーブル)を開き、理解を深めながらマーケットを育てていくこともあります。

プレスリリースとして広く届けるだけではなく、どんなメディアに、どんな切り口で伝えると響くのかを丁寧に見極める——時間も手間もかかりますが、相手をよく知り、「この人の話を聞いてみたい」と思ってもらえるようなアプローチを、チーム全体で大事にしています。
そうして出会いがつながったとき、双方に良い循環が生まれる。こうした活動の積み重ねが、望ましい情報発信の土壌づくりにつながると思います。

藤巻
とても本質的ですね。情報を届ける側と受ける側の双方が、より深く継続的な関係を育てていく取り組みはとても大事だと思います。

野田氏
メディア環境は、SNSの登場で大きく変化し、ここ数年はAIの進化によってさらに加速しています。「どこかに掲載されれば十分」という時代ではなく、発信の目的や届けたい層に合わせて、最適なコミュニケーション・チャンネルを選ぶことが求められています。
自分たちの声で語るオウンドメディアを持つことも有効ですし、AI時代だからこそ、人の温度を感じる発信がより価値を持つようになっていると感じます。

藤巻
大学を起点に、さまざまな掛け算をやっていきましょう!今、私が気になっているのは、創業支援といえばスタートアップにばかり目が向けられることです。でも、老舗企業で代替わりした会社も、ある意味スタートアップに近いと思うんです。代替わりが30年スパンで起きるとしたら、それは生まれ変わりのチャンスで、事業ドメインや発想を大きく進化させる企業は多いですよね。ですから、そういった地域老舗企業の進化を、大学や地域と連携しながら支援することも大事だと思っています。

嶋尾氏
確かに、外部からスタートアップを誘致するだけでなく、中からいかに盛り上げるかが重要ですね。私も大学の中でも何ができるか考えてみます。これまでの地域づくりや町おこしと違う、一段上のことがやれそうですね!

藤巻
私が取り組みたいことは、大学発の地域連携×本気のPRによる、小手先じゃないエリアブランディングです。これはいい意味で言っているんですが、富山は金沢より注目されていない分、やりやすいはずなんです(笑)。それに日本にはそんなふうに光の当たらない地域の方が圧倒的に多いですから。これからの地方の一つのモデルケースとして、魅力的な「富山モデル」を構築できないかなと思っています。さまざまなステークホルダーを巻き込み、メディアによる正しい世論形成も行いながら、次世代の「あたりまえ」をつくっていきたいですね。

地方の停滞を打破する上で欠かせない、一人ひとりの意識のアップデート。

藤巻
ブランディングをやっていると、何かと「差別化」と言いがちですが、最近、私はそこに少々疑問を持っているんです。自分たちらしいナラティブ(経験や体験に基づく物語)があって結果的に差別化が生まれるのはいいんですが、作為的に狙いにいくものではないなと。富山は金沢と比較しなくていいし、都市とローカルの二項対立で考えるのもそろそろ終わりにしたいと思っています。

嶋尾氏
富山が金沢に劣等感を抱いてしまう理由をさかのぼれば、加賀藩と富山藩の関係にまでさかのぼるらしいんですが、そういう個々の土地に残る固有文化は理解する必要があると思います。富山は同調圧力が強くて「飛び抜けないこと」が重視される土地です。そんな環境ですから、やらされ感ではなくて、仕組みとして「気づいたら知らないうちに越境していた」みたいなことができないかと思うんですよね。

藤巻
確かに、地域の歴史的な文脈はきちんと理解する必要がありますね。その上で、越境を生む仕組みのデザインが必要だと思います。

嶋尾氏
はい。まだまだ家父長制意識も強く、価値観のギャップに驚くことはしょっちゅうです。フリーランスの女性が仕事を獲得することに対して、色眼鏡で見るような言動も実際にあります。それを耳にする若い女性は脱出したくなりますよね。

真田
私の出身地もそういう一面がありました。女子学生の県外への大学進学率も低く、外に出たくても出られない人がいるのも事実です。

嶋尾氏
男は外で働き、女は家を守るという家族像は、せいぜい近代以降のもののはずですが、なぜかそれが伝統的家族像になっているんですよね。

藤巻
日本は歴史的に見れば、多様な外来文化を受け入れて柔軟に進化してきたはずなんですが、地方は固定化されて停滞していますね。それも欧米的な二項対立で考える弊害かもしれません。キャリアかライフか、のような。

嶋尾氏
そういう意味でも、これからは一つの役割や居場所に縛られず、パラレルキャリアでいろんなところに足を突っ込むのが大事かもしれません。

藤巻
最近出た、安宅和人さんの『「風の谷」という希望』という書籍は、984頁で重さ1kg超えという力作ですが、この本は日本の地方を考える上でマストアイテムですね。ひと言で言うなら「都市集中型の未来に対するオルタナティブ」をテクノロジーをうまく使い倒しながら作ろうという運動論です。

野田氏
それはぜひ読んでみたいです。

休眠人材を起こし、地域への「関わり方」の接点を増やすために。

真田
地方にはキャリアを諦めたママさんも多いと思いますが、エンビジョンでは、そういう休眠人材をクリエイティブ領域においても積極的に活用できないかと思っています。

嶋尾氏
子育てでいったんキャリアが断絶したママさんは、エネルギーを持て余している反面、社会の変化に取り残されているという自己認識で、自信を失って社会復帰に二の足を踏んでいるケースが多いと思います。ですから休眠人材の活用にはリカレント教育が重要なんですよね。

藤巻
今の日本では、子育てしながら働く上で、女性たちの方がまだまだハンデが多いのが現実です。社会復帰を阻む壁も地方ほど多そうで、そこに一石を投じられたらと思いますね。

嶋尾氏
今、私が注目しているのが「コミュニティナース」という仕組みで、株式会社CNC さんが全国で展開しています。ナースといっても医療看護の資格が必要なわけではなく、誰もが実践できる行為・あり方です。地域住民のつながりを耕し、それぞれの持つ力を引き出しながら地域のウェルビーイングに貢献する、いわば“おせっかい活動”ですね。

野田氏
地域の休眠人材の活用は、弊社もぜひ取り組みたいテーマです。
最近、日本を取材したい外国語メディア・インフルエンサーと、海外に情報を届けたい全国の事業者様をつなぐ、体験取材誘致のプラットフォームを立ち上げました。それに伴って全国で協業パートナーが必要となったんですが、先日ある地方都市で探した際にその難しさを実感しました。
「語学力」「マーケティングや広報/PRの知識」「旅行・観光業の理解」を兼ね備えた方を探そうと、さまざまな人材サービスを使いましたがなかなか出会えませんでした。とはいえ、地方に人材がいないわけではなく、接点が見えていないだけなのだろうとも感じます。
最終的には、弊社のSNSに求人を発信したところ、日ごろお世話になっているジャーナリストさんのご紹介で、素晴らしいパートナーと出会うことができたんです。この出会いが、地方の潜在的な力を改めて感じさせてくれました。

藤巻
なるほど。デザインやコピーライティング、編集といったクリエイティブ人材のほかに、マーケターやPRなど、地域で眠っているビジネス人材をネットワークして人材バンク化することもニーズがありそうですね。エンビジョンとしても、これから地方のエリアブランディングに当事者として関わっていきたいと思いますので、ぜひ今後も引き続きいろいろとアイデア交換させてください。今日はどうもありがとうございました。