INSIGHTS
2026/06/29
「あたりまえ」を問い直すクリエイティブ|カンヌライオンズ2026を振り返って
ブログ

毎年6月、世界中のクリエイターやブランド担当者の視線が南フランス・カンヌに集まります。
「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」は、広告やマーケティングに携わる人にとって世界最高峰のクリエイティブアワードです。しかし、このイベントの価値は優れた広告を表彰することだけではありません。
そこには、その時代に社会がどのようなクリエイティビティを求めているのか、ブランドはどのような役割を果たすべきなのかという、時代の価値観そのものが映し出されています。
だからこそ、クリエイティブプランナーである私も毎年、受賞作品を見ながら「どんな作品が評価されたのか」以上に、「クリエイティブはどこへ向かっているのか」を考える時間として、このアワードを見つめています。
今年も同じように受賞作を追いかけるうちに、気づけばこんなことを考えていました。
クリエイティブとは、何のためにあるのだろう。
この問いは、先日お会いした同じクリエイティブ業界の方との対話をきっかけに抱き始めたものです。
Contents
クリエイティブの役割そのものが、静かに変容している
AIの急速な普及によって、制作・実行のコストは劇的に下がりました。
キャッチコピーをつくること、グラフィックをつくること、映像をつくること。かつて専門性の高い仕事だった多くのクリエイティブ制作は、今や誰もが一定の水準で実現できる時代へと変わり始めています。
もちろん、制作そのものの価値がなくなったわけではありません。細部への美意識や文脈を読み解く力、見る人の心を動かす表現は、これからもクリエイティブの重要な要素であり続けるでしょう。
一方で、AIによって「つくる力」が広く行き渡った今、クリエイターに求められる役割は少しずつ変わり始めています。
何をつくるのか。その前に、何を問い、どんな未来を構想するのか。
制作の技術だけで差がつきにくくなる時代だからこそ、その問いの質こそが、クリエイティブの価値を決めるようになっていく。そんな変化を、今年のカンヌライオンズの受賞作から強く感じました。
本記事では、その視点を手がかりに、今年の受賞作品の中でも特に印象に残った4つの事例を紹介します。あわせて、それらに共通するクリエイティブの本質を紐解きながら、日本の企業や地域に応用できる可能性についても考えてみたいと思います。
カンヌライオンズ2026受賞作品ピックアップ
私たちの宇宙船は、上昇しません。
「The Faroe Islands Space Program」

スウェーデンの産業メーカーSKFがノード・ストックホルム(NORD Stockholm)と組んで生み出した「The Faroe Islands Space Program」は、今年のCreative B2B部門でグランプリを獲得しました。
その名の通り、このプロジェクトはフェロー諸島を舞台にした「宇宙開発」の物語です。ただし、空高く発射されるロケットは一切登場しません。
この宇宙船は、海中を泳ぎます。月の引力によって生まれる潮汐エネルギーを、水中カイト型の装置「Luna」で捉え、再生可能エネルギーとして活用する。フェロー諸島が掲げる、2030年までに島内の電力需要を100%再生可能エネルギーで賄うという野心的な目標の実現に向けたレジリエンスプロジェクトです。

このプロジェクトが卓越しているのは、技術や環境への貢献だけではありません。
「潮汐エネルギー」という専門的で伝わりにくいテーマを、「宇宙開発」という誰もが胸を躍らせる物語へと翻訳し、人々の関心が自然と向かう構造をつくり出している点にあります。
現代は宇宙開発ブーム真っ只中です。資源採掘をめぐり国家・企業間の協力と競争が激化するなか、人々の関心もまた宇宙へ向かっています。そのダイナミズムや高揚感を借りながら、このプロジェクトは「私たちはもっと身近な場所に、未来のエネルギーがある」と語りかけます。
伝えているのは技術だけではありません。フェロー諸島が挑む未来そのものです。
フェロー諸島という小さな島の挑戦が、世界全体が向き合うべきエネルギーの未来を想起させるのは、「潮汐エネルギー」を「宇宙開発」としてクリエイティブに語り直すことで、人々の認知の枠組みそのものを置き換えたからではないでしょうか。
ピンチをユーモラスな体験に編集。
「The KitKat Heist」

2026年のイースター直前、イタリアからポーランドへ輸送中のトラックから、12トンのキットカットが盗まれました。
通常、サプライチェーン上のトラブルは企業にとって危機です。広報としては損失を最小限に抑えるため、事実だけを公表するか、謝罪に終始するケースがほとんどでしょう。
しかし、KitKatが選んだのはまったく異なるアプローチでした。
「私たちのタグライン『Have a break, have a KitKat(ブレイクしよう、キットカットを食べよう)』に忠実に、誰かがブレイク(休憩)を求めすぎて起こしてしまった強盗だ。」
そう語り、この事件そのものをブランドのキャンペーンへと転換したのです。
KitKatは専用サイト「Stolen KitKat Tracker」を公開し、生活者は手元のKitKatのバーコードを読み取ることで、それが盗難品かどうかを確認できる仕組みを用意しました。スキャン結果をSNSで共有する人が続出し、キャンペーンは2億2,400万ドル相当の広告効果を生み出したとされています。

この事例で注目したいのは、人々が思わず話したくなる「出来事」そのものを設計したことです。
探偵物語のような設定、バーコードを読み取るゲーム性、「私のはどうだった?」と誰かに共有したくなる仕掛け。人が参加し、語りたくなる感情や行動の流れが、ひとつの体験として丁寧に設計されています。
SNSでは、熱心なファンだけが話題を広げるわけではありません。「少し面白いから参加してみよう」と思う人たちが引用し、共有し、自分なりの一言を添えることで、話題は一気に広がっていきます。「The KitKat Heist」は、そうした人間の行動原理を巧みに捉えたクリエイティブでした。
偶発的なピンチを、人々が参加したくなる物語へと編集したこと。企業コミュニケーションの「あたりまえ」を問い直した点に、この取り組みのクリエイティビティがあったのではないかと思います。
スポンサーという「仕組み」を、ファンと再設計。
「The Thousand Sponsors of Muni」

ペルーのサッカークラブ「デポルティーボ・ムニシパル(Club Deportivo Municipal)」とマッキャン・リマ(McCann Lima)が生み出した「The Thousand Sponsors of Muni」は、今年のEntertainment Lions for Sport部門でグランプリを獲得しました。
経営難に直面したクラブが選んだのは、大口スポンサーを探すことではなく、スポンサーシップという仕組みそのものを再設計することでした。
このプロジェクトが構築したのは、クラブを長年支えてきた地域の小規模事業者や個人ファン一人ひとりが「スポンサー」になれる仕組みです。ユニフォームのスポンサーロゴを1,000の枠に細分化し、町の食堂も、小さな商店も、個人のサポーターも、自分の名前をスポンサーとして刻める仕組みを実現しました。

「スポーツの真の力はスポンサー契約ではなく、愛するものを失わないと決意した人々にある。この作品は改めてそのことを教えてくれた」と審査委員長は語りました。
この作品で評価されたのは、広告キャンペーンではありません。ブランドと生活者の関係性そのものを設計し直したことにあります。
スポンサーとは資金を提供する企業である。
そんな前提を問い直したことで、スポンサーは「クラブを支える意思を持つ人」へと意味を変えました。資金調達の方法が変わっただけではありません。ファンとの関係性が変わり、地域とのつながりが生まれ、クラブの存在意義そのものが再定義されたのです。
私はこの事例を見て、「仕組みをデザインすること」もまた、クリエイティブなのだと改めて感じました。表現を変えるのではなく、人とブランドの関係性を支えるルールそのものを書き換えること。その発想は、スポーツクラブに限らず、多くのブランドや地域、コミュニティにも応用できる可能性を秘めています。
小さな世界がくすぐる、人間らしい愛おしさ。
「Tiny Coffee Shops」

イタリアの家電ブランド デロンギ(De’Longhi)の「Tiny Coffee Shops」は、今年のIndustry Craft部門でグランプリを獲得しました。
この取り組みでは、コーヒーマシン5機種を、映画「グランド・ブダペスト・ホテル」などで知られるミニチュア監督サイモン・ヴァイセ(Simon Weisse)とともに、精巧なミニチュアカフェへと変身させました。
手作業で仕上げられた小さなカフェの内装、コーヒーカップ、カウンター。「細部に至るまで並外れた繊細さで作り上げられたこの作品は、子供の頃の気持ちを取り戻させてくれる」と審査委員長は語っています。

このキャンペーンが伝えたいことは、「コーヒーマシンがあれば、家でもカフェ品質のコーヒーが楽しめる」というシンプルなメッセージです。しかし、その伝え方は最短距離ではありません。ミニチュアという、一見すると遠回りな表現を選んでいます。
私が惹かれたのは、人がミニチュアや小さな街並みに対して抱く、説明しきれない愛おしさです。
かわいい、愛おしい、守りたい。
そうした感情は合理性では説明できません。それでも多くの人が共通して抱く、人間らしい感覚です。
この作品は、その感情の源泉を丁寧にすくい上げ、ブランド体験へと昇華していました。
AIによって、誰もが高品質なビジュアルを生み出せる時代になりつつあります。しかし、人はなぜ心を動かされるのか、その感情の構造を読み解き、触れたくなる体験として設計する力は、簡単に代替できるものではありません。
「Tiny Coffee Shops」は、クリエイティブとは「つくる技術」だけではなく、人間らしい感情を形にし、誰かと分かち合う営みでもあることを、静かに思い出させてくれる作品でした。
新しい意味と行動を掘り起こす、クリエイティビティ
4つの事例に共通しているのは何か。
それは、あたりまえとされてきた前提に問いを立て、社会に根づいた通念や価値観を転換させるようなクリエイティビティが発揮されているという点です。
- 難解なテーマを、別の世界観の中で解説
- スポンサーを、ファン一人ひとりをつなぐコミュニティへ
- ピンチを人が参加したくなる出来事へ
- プロモーションも人間的な感情をくすぐる体験へ
いずれも、派手な新技術や高度な制作技術そのものが評価されたわけではありません。既存の前提に問いを立て、その構造を編集することで、新しい意味や行動、人との関係性を生み出している。その姿勢こそが、今年のカンヌライオンズで評価されたクリエイティビティの本質だったのではないかと感じています。
この潮流は、デザイン思想の一つであるスペキュラティブデザインにも通じています。スペキュラティブデザインとは、「もし世界がこうだったら」という仮説を通して、現在の常識や制度を問い直し、新たな可能性を提示する考え方です。物事の見方を変えるリフレーミングとも重なり、受賞作の多くもまた、既存の「あたりまえ」を別の視点から捉え直すことで、新しい意味を生み出していました。
さらにその先には、トランジションデザインという考え方も見えてきます。気候変動や格差、資源問題など、単純な解決策では対応できない「Wicked Problems(厄介な問題)」に対し、「私たちはどんな未来を目指したいのか」というビジョンから逆算して、社会の仕組みや価値観そのものを少しずつ変えていこうとするデザイン思想です。そこではブランドやデザインも、単なるコミュニケーションの手段ではなく、多様なステークホルダーと未来を構想し、社会の変化を促す存在として位置づけられます。
そして、その実践を支えるアプローチとして近年注目されているのが、システミックデザインです。個別の課題を切り離して考えるのではなく、人・組織・制度・文化・経済といった相互につながる関係性を一つのシステムとして捉え、その構造自体をデザインしていく考え方です。
今年の受賞作もまた、「本当にその前提は変えられないのか」という問いを、それぞれ異なる方法で社会に投げかけていました。クリエイティブとは、目の前の課題を解決するためだけのものではなく、人や社会を構造として俯瞰的に捉え、見え方や関係性、仕組みそのものをアップデートするための構想力へと、重心を移しつつあるのかもしれません。
クリエイティブとは、何のためにあるのだろう。
私が所属するエンビジョンは、「未来のためにできることをやる。」をパーパスに掲げるクリエイティブカンパニーです。
私たちが大切にしているのは、「つくること」に愛を持ちながらコミュニケーションを設計することはもちろん、ブランドや社会の「あたりまえ」を問い直し、新しい意味と接点を構想することです。
- ツールや施策を考える前に、本当に向き合うべき課題は何か。
- プロジェクトを動かす前に、社会とどのような接点を築くべきなのか。
人を動かし、社会を動かすクリエイティブは、表現の巧みさだけからは生まれません。
前提を疑い、構造を読み解き、より良い未来を構想すること。それが、私たちがパートナーと歩むうえで大切にしている姿勢です。
今回のカンヌライオンズ2026を振り返り、私自身、冒頭で投げかけた「クリエイティブとは、何のためにあるのだろう。」という問いに、一つの答えが見えた気がしています。
それは、クリエイティブとは「あたりまえ」を問い直し、人や社会の見え方を少しずつ変えながら、より良い未来の可能性を描いていく営みなのではないか、ということです。
今回取り上げた事例はいずれもグローバルな取り組みでした。
しかし、その本質は日本の企業や地域にも十分応用できると感じています。
製造業:人手不足を採用課題のまま終わらせない
基幹産業である日本の製造業では、人手不足が深刻化しています。しかし、その課題を「どう採用するか」という視点だけで捉える限り、解決方法は採用手法の改善に終始します。
むしろ、人手不足という危機を起点に、「ものづくりとは何か」「職人や技術者は社会にどんな価値を生み出しているのか」という社会の認知そのものを更新できればどうでしょうか。これは製造業だけではなく、農業や林業、建設など、多くの産業にも置き換えられる問いです。
例えば、「つくる営み」に光を当てるコミュニケーションや、技術が暮らしを支えている実感を伝える体験設計によって、その仕事への憧れや社会的な価値をさらに育んでいくこともできるかもしれません。
地域づくり:課題解決を参加したくなる活動へ
人口減少や空き家、防犯、里山の維持など、日本の地域には一つの主体だけでは解決できない課題が数多くあります。しかし、問題提起をするだけでは、人はなかなか動きません。
今回紹介した「The Thousand Sponsors of Muni」のように、一人では小さな力でも、多くの人が少しずつ関われる仕組みへと編集できればどうでしょうか。
例えば、里山の保全を「寄付」ではなく、1,000人の里山オーナーとして参加できる仕組みにする。空き家活用を行政主導の事業ではなく、地域のサポーターが自分ごととして関わりたくなるプロジェクトへと再設計する。
さらに、その取り組みを既存のコミュニティと接続できれば、新しい可能性が生まれます。ランニングコミュニティで里山を巡るイベントを開催する。ウォーキングをしながら防犯や空き家の見守りにつなげる。地域の事業者同士のビジネスマッチングを、まちづくりの活動へと発展させる。
重要なのは、ゼロから仕組みをつくることではありません。
すでに存在している人と人とのつながりやコミュニティを活かしながら、社会課題との接点を新しくデザインすることです。
「あたりまえ」とされてきた課題の捉え方を変え、人と社会との新しい関係性を生み出す。その発想こそが、私たちならではのクリエイティブにつながっていくのではないでしょうか。
複雑で答えのない時代だからこそ、クリエイティブは「どう表現するか」だけではなく、「何を問い、どんな未来を構想するか」がより重要になっていくはずです。
さて、皆さんはどんな「あたりまえ」をクリエイティブに問い直したいですか?
ライター紹介

佐藤裕紀乃
エンビジョン クリエイティブプランナー
大阪府出身。コト・モノ・情報を通じたデザインによる課題解決を得意とする。社会を多角的に分析し、新しい発想で課題にアプローチすることで「未来を良くしたいという前向きな想いが共鳴しあう世界」を実現したいと考えている。4歳から現在まで剣道を習い続けている。趣味はラジオ収録で、いつでもどこでもラジオMC風の進行をこなす特技を持つ。