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2026/08/07
ないものは、作ればいい。問題は「作りたいものがあるか」だ|いのうえの思考 #06
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最近の僕は、会社で使う道具を、わりと何でも自分で作るようになりました。
きっかけは、ほんとに小さなことだったんです。スプレッドシートの作業がちょっと面倒で、それを自動化するGAS(Google Apps Script)を一本書いた。たったそれだけでした。
ところが、これが思いのほか楽しくて。一本書けると「じゃあ、あれも」「ついでに、これも」と止まらなくなる。気づいたら、工数管理の仕組みや、月次の業績レポートを自動でつくるツール、議事録を自動で整える仕組み……と、社内のあちこちに手製の道具が増えていきました。
感覚としては、オフィスで観葉植物を育てるのに近いんです。僕、会社で植物を育てているんですが、あれって「オフィスが少しでも豊かになったら、毎日そこで働くスタッフも気持ちがいいだろうな」という気持ちでやっているんですね。
道具を作って社内に展開しているのも、実はまったく同じ感覚なんです。効率化、というより、「これがあれば、スタッフの毎日がちょっと豊かになるかな」「少し気持ちよく働けるかな」と思って、水をやるみたいに、ひとつ、またひとつと作っていく。気合いを入れた一大プロジェクト、というより、日々の世話に近いんですよね。
で、その観葉植物がどんどん育っていって。最近では、社内向けのタスク管理アプリを丸ごと作ったり、もうすぐリリースする「ブランディング診断」のWebアプリやそのLPサイトまで、自分の手で作るようになりました。最初はただ、スプレッドシートを楽にしたかっただけの人間が、です。
「検討してるくらいなら、作ったほうが早い」
この変化のなかで、自分でもはっきり感じたことがあります。
ないものを作るコストが、ガクッと下がった。
少し前までは、どうしていたか。社内で「こういうのがあったら便利だよね」という声が上がったら、たいていは、それっぽいSaaS(クラウドサービス)を探して、比較して、見積もりを取って、契約する。これが当たり前のルートでした。「ない機能は、お金を払って買ってくる」ものだったわけです。
それが今は、コーポレートのスタッフが「こういうのあったら便利そう」と言ったときに、ふと「……これ、契約を検討してる時間で作れてしまうな」と思う場面が増えました。実際、サービスを比較しているくらいなら、自分で作ったほうが早かった、ということが何度もあります。
象徴的だったのが、社内のコミュニケーションツールをChatworkからGoogleに移行したときです。移ってみると、どうしても欲しい機能がいくつか足りなかった。以前なら「まあ、ないものは仕方ない」と諦めていたところを、今回は、その足りない機能を、自分で——しかも前より使い勝手のいい”上位互換”として——数日で作ってしまいました。
ツールを乗り換えてコストを下げたうえに、足りないところは自作で埋めて、さらにコストを下げる。我ながら、経営者としてなかなか立派なんじゃないかと思っています(笑)。
……冗談はさておき。ここで僕が言いたいのは「最近の技術はすごい」という話ではないんです。道具がすごくなったのは事実だけど、それ自体は誰にとっても同じこと。僕が面白いと思っているのは、そのせいで何が変わったのか、のほうなんですね。
誰でも作れるなら、「作れること」の価値は下がる
ここで、ひとつ立ち止まって考えたいことがあります。
ないものを作るコストがここまで下がって、極端に言えば「誰でも作れる」に近づいていくとしたら——「作れること」自体の価値は、むしろ下がっていくんじゃないか?
これ、けっこう大事な問いだと思っています。
「作れる」が希少だった時代は、作れる人が強かった。でも、作るハードルが下がるほど、「作れること」だけでは差がつかなくなる。じゃあ、何が残るのか。何の価値が、逆に上がるのか。
僕の実感はこうです。作るのは、簡単になった。でも、作りたいものがない人にとっては、その「簡単さ」は何の意味もない。
どんなに高性能な道具を渡されても、「何を作るべきか」がない人の手の中では、それはただの道具のままなんですよね。
じゃあ、その「何を作るべきか」は、どこから出てくるのか。振り返ってみると、僕がいろいろ作れているのは、道具がすごいから、だけじゃないんです。その手前に、
- 現場で何が起きているかを、どれだけ知っているか
- 会社の全体像を、どれだけ掴めているか
- スタッフと、どれだけ対話しているか
- そのうえで「自社にとっての最適解はこれだ」という、自分なりの答えを持っているか
——こういうものがあって、はじめて「作りたいもの」が立ち上がる。道具は、それを形にしてくれるだけなんです。
だからこれからは、「作れる人」よりも「作りたいものがある人」のほうが効いてくる。そんな気がしています。言い換えると、僕らのようなクリエイターやデザイナー——目の前の作業をさばくだけでなく、「そもそも何を作るべきか」を構想できる人——の価値は、これからむしろ上がっていくんじゃないか、と。
(余談ですが、これだけ「構想できる人が効く時代」なら、社外取締役の枠があったらぜひ誘ってほしいくらいです。半分冗談、半分本気で(笑))
これは、ツールの話じゃない
ここまで業務ツールの話をしてきましたが、実は僕の中で、これはツールに限った話ではありません。
「ないものを作る」って、スタートアップの起業もまったく同じですよね。世の中にまだないものを、「あったらいいのに」という思いから立ち上げる。規模もリスクもぜんぜん違うけれど、衝動の根っこは、僕がGASを一本書いたのと地続きだと感じています。
そして、僕にとっていちばん大きな「ないものを作る」は、エンビジョンという会社そのものなんです。「こういう会社があったらいいのに」と自分が思える会社を、自分で作っている。日々の道具をこつこつ手入れするように作っているのも、規模は小さいけれど、その同じ営みの延長線上にあるんですよね。
だから僕にとって、アプリを作ること自体は目的じゃないんです。この世にまだないものを作りたい。その過程で必要な道具を、たまたま自分で作っている、というだけ。あくまで、エンビジョンのパーパス——「未来のためにできることをやる。」——を具現化するための、手段のひとつにすぎません。
考えてみれば、「まだないもの」「こうあるべきなのに、そうなっていないもの」に気づく目こそ、僕らが大事にしているCritical Creative(世の中で当たり前とされていることを、本当にそうかと問い直す視点)そのものだなと思います。ないことに気づけるから、作りたくなる。作りたいから、作る。順番は、いつもそっちなんですよね。
危機感より、ワクワクしている
最後に、正直な気持ちを書いておきます。
いま、過去に例がないくらいの技術革新の時代です。仕事が奪われるんじゃないか、と危機感を持っている人も多いと思います。その気持ちも、よくわかります。
でも、僕はどちらかというと逆で、ワクワクしているんです。
だってこれは、これまで自分にはできなかったこと、作りたいけど諦めていたものに、手が届くようになった、ということですから。やりたいことがある人間にとって、これ以上うれしい話はないんですよね。
道具が安くなった時代に問われるのは、結局のところ「あなたは、何を作りたいのか」だと思います。
ライター紹介

井上大輔
エンビジョン代表取締役
2017年、前身となるクリエイティブプロダクションの代表取締役就任、翌年MBOし独立。クリエイティブが担う領域でポジティブな未来を実現させるべくenvisionのパーパス、ナラティブをリードする。envisionと同様のパーパスを掲げる企業・個人が増えることで、社会が、日本が前進すると考えている。